スポーツ健康科学の専門家が教える…ラクに筋肉を取り戻す「エキセントリック運動」【正月は体に悪い】#4
【正月は体に悪い】#4 お正月は家族や友人とともに過ごす貴重な時間。こたつでテレビを見たり、のんびりお節料理を楽しんだりと、ゆったりとした時間が多い。しかし、長時間こたつで座りっぱなしになる「こたつむり生活」には健康リスクが潜んでいる。それを解消する運動法を東北大学大学院(スポーツ健康科学)の金鉉基特任講師に聞いた。 座りすぎ研究 座位時間が長いほど総死亡リスクは高くなる 「長時間座りっぱなしで過ごす生活が続くと、血流の悪化や代謝機能の低下が顕著に現れます」 特に正月は、食べる量が増える一方で身体活動が減る時期であり、「座りすぎ+高カロリー摂取」という悪循環に陥りやすい。 「例えば、血流が滞ることで下肢に血栓ができるリスクが高まり、いわゆるエコノミークラス症候群のような状態が起きるケースもあります。また、筋肉活動が著しく低下することで、血糖値を下げるインスリンの働きが悪化し、糖尿病リスクが増大します。加えて、体を動かさないことで体重が増えやすくなるのも問題です」 とくに高齢者は筋力の低下が早まり、転倒や骨折のリスクが高まる点が恐ろしい。実際、身体能力は20~30歳をピークに徐々に落ちていき、筋力や持久力は1年に1%低下すると言われている。つまり、70歳では30歳の頃に比べて40%ほど筋力や持久力が低下することになる。病院で1週間寝たきりで過ごすと、筋力や持久力は1%程度減ってしまう。正月のこたつむり生活は筋力や持久力低下も引き起こすのだ。 こうしたリスクを避けるために、金講師は「エキセントリック運動」を提案する。 「エキセントリック運動(eccentric exercise)とは、収縮している筋肉が引き伸ばされる運動を指します。その典型が重いダンベルをゆっくり下げたり、階段をゆっくり下りる運動です」 筋トレというと、ダンベルを持ち上げたり腹筋をするなど、筋肉を収縮する運動(コンセントリック運動)の方が効果的なイメージがあるが、じつはゆっくり伸ばす方が楽に効率よく筋肉を鍛えられるのだという。 65歳から84歳の男女17名を、椅子にゆっくり座ったり、つま先立ちからゆっくりかかとをおろすエキセントリック運動する群と、椅子から立ち上がったりかかとを上げてつま先立ちになるコンセントリック運動する群に分け、8週間後の筋肉の厚みや筋力などを比較した研究結果が日本人の研究者から報告されている。 8週間後に大腿部の筋肉の厚みを調べたところ、前者は22%増えたのに対して後者は7%しか増えなかった。ひざを伸ばす筋力も前者は38%増えたのに対して後者は8%だったという。2分間で何回足踏みできるかを調べるテストや椅子から30秒間で何回立ち座りができるかのテストなどでも、エキセントリック運動群の方が成績が良かったという。 「新潟医療福祉大学の研究では、片腕のみでエキセントリックトレーニング(ダンベルをゆっくり下げる動作)を週2回、5週間実施した結果、トレーニングを行っていない反対側の腕にも筋力増強効果(クロスエデュケーション効果)が認められました。さらに、エキセントリックトレーニングの効果はトレーニング中止後も持続することが示されています。また同大学の別の研究では、若年男女を対象にエキセントリック収縮を含む筋力トレーニングが筋力増強や筋肥大に効果的であることが確認されました」 運動すると、筋肉から分泌されるマイオカインと呼ばれる物質が増えることが実証されている。この物質は脂肪分解、代謝アップ、コレステロール値の低下、糖尿病や動脈硬化にも効果があるとされていて、筋肉を伸ばす運動の方が分泌が多くなる、との見方もある。 ■椅子を使って実践 では、エキセントリック運動は具体的にどう行えばいいのか? 「まず、ゆっくり椅子に腰をおろす運動にチャレンジしましょう。両腕を胸の前で交差して肩に手を触れた状態で椅子の前に立ちます。足は肩幅よりやや狭めに開きます。息を止めないようにしてゆっくりと椅子に腰をおろしていきます。時間にして5秒くらいで良いでしょう。このとき、太ももの前の部分の筋肉とお尻の筋肉に力を入れて、それが伸びていくことを意識しましょう。座るぎりぎりまで力を入れ、座ったら脱力し、5秒程度休憩します。再び立ち上がるときは、ひじかけや自分の太ももで体を支えながらでも構いませんので、安全に最初の姿勢に戻ります」 腰をおろすときは、ひざが自分のつま先よりも前にいかないよう注意すること。また、最初は5回繰り返す程度に抑え、慣れたら10回ワンセットで1日3回ほど行うといいと金講師は言う。 「かかと下げにもチャレンジしましょう。椅子の後ろに、肩幅よりやや狭めに立ち、椅子の背もたれを両手で持ちます。ふくらはぎの筋肉に力を入れながら両足をつま先立ちします。そこから片足だけになり、軸足のかかとを5秒ほどかけてゆっくりおろしていきます。床にかかとがつくぎりぎりまでふくらはぎの筋肉に力を入れます。床にかかとがついたら5秒ほど休んで再び最初の姿勢に戻ります」 こちらは1回につき3度繰り返し、1日3セット程度にとどめるといい。 「じつは運動の翌日に生じる筋肉痛は、エキセントリック運動のみで生じることがわかっています。やりすぎには十分な注意が必要です」 正月から、あなたも実践してみてはどうだろう。