地球とつながるシームレスなホテル「Entô」|憧れのリゾートホテル
■地球の記憶が刻まれた雄大なカルデラの風景 (※その他の写真は【関連画像】を参照) 島根県の七類港を出発しフェリーで3時間。日本海に浮かぶ隠岐諸島の島々や奇岩を眺めていると、島の民謡「キンニャモニャ」がのんびりと船内に響き始めた。 【関連画像】地球とつながるシームレスなホテル「Entô」|憧れのリゾートホテル 船は間もなく島根県隠岐郡海士町の中ノ島へ到着する。デッキからも見える港近くのまだ新しい建物が旅の目的地、ホテル「Entô」だ。 約600万年前の火山活動で誕生した隠岐諸島は、国際的に価値のある地質遺産として「ユネスコ世界ジオパーク」に認定されている。 ホテルはジオパークの泊まれる拠点として、令和3年(2021)に開業した。早速ホテルへ向かうと、ガラス張りのロビーはまるで海の上にあるようで、フェリーから降りたばかりの足元がふわふわする。 木の香りがする別館に案内され部屋へ入ると、壁一面の窓ガラスに広がる雄大なカルデラの景色に息をのんだ。自然の中に自分が溶け込むような、不思議な感覚だ。 額縁のような窓のフレームが、遥かに続く海や島々の風景を絵画のように見せる。地球が重ねてきた46億年の時間を思いながら、そこにしばらく佇んだ。 ■島の地形や精神を反映するホテルとコースディナー 「海の間際にホテルが建てられたのは、カルデラの内湾で波が穏やかだからこそ。波風の強い日本海では結構すごいことなんです」とホテルスタッフの佐藤奈菜さん。 佐藤さんは“何もない場所”だからこそ、そこにある地球の美しい景色を楽しんでほしいという。海士町が町ぐるみで発信するアイデンティティも「ないものはない」の精神。開き直りつつ、“大事なものはすべてここにある”ということを生活のなかで知っているのだ。 この日の天気はあいにくの雨模様。透明度の高い海も、少し沈んだ色をしている。残念に思っていると、「私は雨のほうが山陰らしいと思います。毎日が晴れなんていうことはなく、ケがあってハレがありますから」と佐藤さんがほほ笑んだ。 確かにそうだ。今日は恵みの雨に包まれようと思う。 島の食も、密接に地形と関わっている。魚が獲れることはもちろん、中ノ島は離島には珍しく良い湧き水に恵まれ、溶岩が埋め立てた平地があり米作りが盛ん。 鎌倉時代に承久の乱(1221年)で倒幕を謀った後鳥羽上皇が流された島でもあるが、貴人が飢えることのないように、この島が選ばれたとも考えられている。 ホテル内の「Entô Dining」は、地域の食材を使いながら、そんな島の文化や風土の物語をコース料理で表現している。 この日は、海士町で獲れた10㎏サイズのブリをカルパッチョに。上に飾られるのは、スタッフがその日に摘んできた野草だ。きれいな水で育つクレソンやセリ、浜大根や菜の花が料理を彩る。 ブリは、島でお茶として親しまれているフクギ(クロモジ)のチップでスモークされている。地元のブランド岩ガキ「春香」のソテーはぷりっとして甘みがある。 隠岐牛のステーキに添えられるのは、伝統調味料の「こじょうゆ味噌」。まさに醤油と味噌を合わせたような味わいで、牛肉の力強いうま味に大豆のうま味が上乗せされる。 「本膳」の名で出されたのは、名産のサザエを肝ごと使ったカレー。こちらは、イカスミのようなコクがある。本膳とは締めに出されるご飯もののことで、島の宴会では主催者の勧めがあるまで食べてはいけないという暗黙のルールがあるとか。 移住者が知らずに箸をつけ、皆でからかうのがお決まりなのだと、ダイニングスタッフが教えてくれた。美味だけでなく隠岐の郷土も楽しんでいると、あっという間に時が過ぎる。 ■●室町時代の文献『御酒之日記』の酒を再現 後鳥羽院同様、隠岐に流された後醍醐天皇が飲んだとされる室町時代の酒を再現した一本を含む隠岐酒造の「隠岐誉」の三種飲み比べセット(2900円)。 ■島のなりたちを知り未来について考える ダイニングを後にして、ホテル内をひと巡りしてみる。館内には古生物や恐竜の化石に直接触れられる「ジオラウンジ」というフリースペースがある。 ほかに、隠岐と地球のなりたちが学べる「ジオルーム ディスカバー」という展示室も。中ノ島を含む、隠岐諸島の有人島にいる動植物や名所を模型で紹介しているが、模型に色をつけていないのは実物を見てのお楽しみということらしい。 近接しているのに、島ごとに随分と文化が違うのがわかり、面白く展示を鑑賞した。すべての島を巡るには、もう何日か必要なようだ。 ホテル内には町の図書館の本を司書が宿泊者向けにセレクトしたライブラリーもある。隠岐の植物図鑑を手に取り、部屋に戻った。 隠岐では世界的にも珍しい、不思議な生態系がみられるという。長い時のなかで海面の水位が変化し、隠岐は本州と陸続きになったり離島化したりを繰り返したという。 島にはさまざまな植物が閉じ込められ、今では北海道と沖縄の植物、高山植物や島の固有種が仲良く海岸に並んで咲いている。アジサイは12月まで咲き続け、そこに雪が積もった不思議な姿を見られることもあるという。 ふと、外の真っ暗な風景に気づく。昼間窓から見えた波のゆらめきも、ウミウが潜水して魚を狙う姿も、汽笛を鳴らしながらフェリーが行き交う光景も、闇の中に消えてしまったようだ。 客室内に置かれた白紙のカードが目に留まった。添えられた台紙には、「あなたが大事にしたい“問い”を書いて、この島に置いていきませんか?」とある。 そういえば日中、ホテルスタッフの佐藤さんが言っていた。「やりたいことをちゃんとできていますか?」「誰と将来をつくりたいですか?」などと、未来に向けた内容を書き残していく人が多いそうだ。 「島がどうやってできたかという過去を知って、今の景色をその目で見たとき、未来がどうなっていくのかという方向に思考が向くんじゃないでしょうか。その逆で、未来を考えるときには、過去と現在を無視することは難しいんだろうなとも思います」 とても哲学的だなと思った。さて、自分にどんな問いを贈ろう。ペンを握りつつ、夜は静かに深まっていった。 Entô 島根県海士町福井1375-1 TEL/08514-2-1000 料金/1泊2食付3万3600円~ 客室数/36室 チェックイン・アウト/15:00・11:00(プランにより異なる) アクセス/(船)境港あるいは七類港より隠岐汽船高速船で約2時間、「菱浦港」下船、徒歩約3分 ■●立ち寄りスポット「隠岐島前クルージング」 夜景も朝焼けもリクエストEntôからも申し込み可能なクルージング。サンライズ、サンセットや星空など、雄大な自然を大迫力で体感できる特別なアクティビティで隠岐を満喫しよう。 予約/ 料金/2万5000円~ 問/050-1807-2689 文/中村さやか 撮影/渡部健五(一部提供/Entô)