90歳医師「認知機能の低下を心配しすぎず総合的な視点で」 情動機能で幸せな生活が可能
脳が数多くの機能(運動、感覚、思考、感情、言語、記憶など)をコントロールしており、脳内の領域によってさまざまな機能の役割を分担していることが最近の脳科学の進歩によって明らかにされつつある。愛や思いやり、共感というような最も人間的な特徴である人格を規定している領域は大脳新皮質の中の前頭葉にあり、一方、快、不快、怒り、恐怖などの感情と深い関わりがある領域は大脳辺縁系という古い皮質部分にあり、記憶という機能には海馬が密接に関係している。人は情動により行動することから、大脳辺縁系は行動の目的を設定し、大脳新皮質は目的を達成するための手段をつかさどる役割を担っているものと考えられる。 ■情動機能を評価する新しい方法として認知症情動機能検査 現在、認知症の診断に一般的に用いられている認知機能テストは、Mini-Mental State Examination(MMSE)であり、それだけで数多く機能がある脳の状態を判定することはできない。 今の風潮は、高齢者の記憶障害にのみ関心が向けられ、高齢者のポジティブな特性について語られることはほとんどない。認知症をMMSEのみで診断するのではなく、情動機能という新しい判定基準を導入して総合的な視点に立って診断すべきであろう。 近年は情動機能を評価する新しい方法として認知症情動機能検査(Mini Emotional State Examination、MESE)が提唱されている。MESEでは、情動機能を五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)を通じての情動機能と、より複雑な情動機能(優しさ、幸福感、悲しさ、道徳観、社会的体験など)に大別し合計30問の質問事項があり、30点満点で総合的に情動機能を評価しようという方法である。 それによると認知症患者にはMMSEとMESEの両方とも低い人もいるが、MMSEが低くても、優しさや幸福感などMESEは正常に保たれている人がおり、認知機能と情動機能は別の機能として存在しているものと考えられる。 つまり、認知機能という一つの指標にとらわれることなく、医療現場では使われていないかもしれないが、情動機能というほかの指標を用いれば、脳の状態は異なる評価になるはずである。そう考えれば、ことさらに悲観することもないのではないだろうか。
※『90歳現役医師が実践する ほったらかし快老術』(朝日新書)から一部抜粋 ≪著者プロフィール≫ 折茂肇(おりも・はじめ) 公益財団法人骨粗鬆症財団理事長、東京都健康長寿医療センター名誉院長。1935年1月生まれ。東京大学医学部卒業後、86年東大医学部老年病学教室教授に就任。老年医学、とくにカルシウム代謝や骨粗鬆症を専門に研究と教育に携わり、日本老年医学会理事長(95~2001年)も務めた。東大退官後は、東京都老人医療センター院長や健康科学大学学長を務め、現在は医師として高齢者施設に週4日勤務する。
折茂肇