駅で「とびこめ! とびこめ!」という声が…「統合失調症」その本当の苦しさをソーシャルワーカーだった私が身に染みて知った日
精神疾患や発達障害のため長期にわたり生活上の困難を抱えている人を、法律では「精神障害者」と呼ぶ。2023年時点で我が国では614万人の精神障害者が暮らしていて、その数は年々ふえる傾向にある。もはや誰もが罹患しうる、ありふれたものとなったにもかかわらず、精神障害はいまだに「異常」「怠惰」など偏見に満ちたステレオタイプで切り取られがちだ。 【画像】死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 本人は、そしてその家族はどんな壁に直面し、何に苦しんでいるのか。精神保健福祉分野で36年活躍し続け、11月18日に新刊『発達障害・精神疾患がある子とその家族が もらえるお金・減らせる支出』を刊行する青木聖久教授(日本福祉大学)が実体験をもとに語ってくれた(インタビュー・構成:江本芳野)。
「俺の人生どうなっちゃったのかな」
私はかつて、兵庫県で精神疾患がある人のための小規模作業所の所長を務めていましたが、その頃のエピソードから始めましょう。2000年代の前半頃の出来事です。 新聞で作業所の記事を見たというお母さんから、「一度見学に行きたい」と電話がありました。聞けば、息子の南さん(仮名)は18歳で突然、統合失調症を発症。以来10年近く、通院以外は家から出たことがないといいます。 お母さんの話から私は、「生気のない目つきをした野暮ったい感じの青年」を勝手に想像したのですが、それはとんでもない誤解でした。実際会ってみてびっくり。南さんは清潔感にあふれた、「神戸のおしゃれなお兄さん」そのものだったのです。 それまで社会との接点がほとんどなかった南さん。早々に挫折するのではないかと気がかりでしたが、嬉しいことに翌日も翌々日も作業所に通ってきてくれました。2週間経った頃には内職作業に参加するようになり、ついには人生で初めて作業手当を受け取るまでに。お金が入るとみんな気分が高揚して、「カラオケに行こうぜ!」と散財してしまったりもするのですが、南さんは違いました。 「お父さんに見せたい」 そう言って、手当が入った袋を封も開けずに律儀に持ち帰った背中が、いまも脳裏に焼き付いています。 作業所での南さんは、内職作業の片付けも率先してやるし、新人スタッフにも優しく声をかけてくれるような人でした。堅物といっていいほどまじめな性格で、それでいて話しかけやすい雰囲気もある。 〈こんなにまじめで配慮もできて、いったいどこが障害なんだろう?〉 現場経験が長い私やスタッフでさえ、よくわからなくなることがありました。 そんなある日のこと。南さんが、次のようなことがあったと話してくれました。 駅のホームで電車を待っていた南さんは、突然「やめろーっ!」と大声を上げてしゃがみ込み、膝を抱えたまましばらく立てなかったと言います。南さんは180cmを超える長身です。そんな大柄な男性が急に叫んで動かなくなったので、何事かとギョッとして立ち止まった通行人も多かったようです。5、6分経ったでしょうか、ようやく顔を上げた南さんがひしひしと感じたのは、周囲から注がれる冷たい視線でした。 実はこのとき、南さんの耳には「とびこめ!とびこめ!」という幻聴が聞こえていたのです。いけない、幻聴に誘われて、本当に線路に吸い込まれてしまいそうだ……そう怖くなったから彼は、自分を抑えるために大声で叫んでしゃがみこんだのでした。それでやっと、我に返ることができたのです。南さんは言います。 「こんな大男が大声出したら、そりゃ誰でも怖いよな。でも、幻聴が聞こえてるなんて、わかりませんよね……俺の人生どうなっちゃったのかな」