駅で「とびこめ! とびこめ!」という声が…「統合失調症」その本当の苦しさをソーシャルワーカーだった私が身に染みて知った日
やりきれない気持ちを変化させた、ある人物との出会い
南さんは〈なぜ自分が病気になったのだろう〉という思いを抱え、なかなか障害と折り合いをつけられずにいました。見た目は「なんともない」ので、なおさら自分の状態を受け入れ難かったのです。作業所に通うようになって、今まで誰にも言えなかった苦しさを吐き出せる場はできた。でも仲間同士で話をしても、専門職に相談しても、やっぱり納得はいかないまま……。 そんな南さんの気持ちに変化が生じたのは、あるボランティアスタッフとの会話がきっかけでした。70代のその女性は、南さんの話に一生懸命耳を傾けた後、ニコニコしながらこう言ったのです。 「私はね、難しいことはわからないけど、残りの人生でどれだけおいしいものを食べられるか、そのことしか考えてないのよね」 はじめは〈僕は真剣な話をしたのに、なんて不謹慎な!〉と、不愉快だったという南さん。 「でもそういう考え方もありだと思ったら、何だかすごく楽になったんですよね。そこから、気負わない暮らしというのも悪くないなと思えたんです」 幸い南さんは、作業所に来る前から障害年金を受給していました。南さんのさわやかな見た目や雰囲気は、年金という自由に使える基礎的収入があったことも大きいのではないかと思われます。さらに作業所という場ができて、さまざまな人とつながり、初めて自分でお金を稼ぐこともできた。 障害のあるなしだけではない、多様な価値観を知ることで、南さんの中に暮らしに対する関心も生まれてきたのでした。
誰もが精神疾患や発達障害の当事者になり得る
厚生労働省の統計によると、身体障害者は436万人、知的障害者は109万人となっている一方、精神障害者は614万人にのぼります。実は障害者のなかでも、精神障害(すなわち、長引く精神疾患、発達障害)を抱えている人が最も多いのです。 統合失調症やうつ病など、精神疾患を有する人の数は増え続けており、「生涯のなかで5人に1人は精神疾患にかかる可能性がある」と国が指摘したこともありました。最近では、発達障害の可能性がある小・中学生の割合も、10年前の6.5%から8.8%に増えている可能性があると報道されています。 精神疾患・発達障害といわれてもピンとこない、「自分とは関係ない」と思った読者もいることでしょう。しかし数字を見る限り、誰もが南さんやその家族のような、「精神疾患・発達障害の当事者」となり得るのが今の日本です。もはや他人事ではなく、「誰にとっても自分事」といわざるを得ません。その状況を、ある男性の当事者は「くじ引き」に例えました。 「障害を持つって、誰かがたまたまそうなるわけで、くじ引きみたいなもの。自分はそのくじを引いたんだと思ってる」 「くじ」を引いてしまった人のなかには、症状のため「学校や仕事に行けない」「生活が成り立たない」という状態が長く続き、日常生活や社会参加に大きな制限を受けることとなります。 そのような方々をお金の面からサポートしてくれるのが、「経済的支援」の制度です。障害という重い問題を抱えた人にとって、経済的支援はさまざまな支援の中でも特に重要かつ必要な制度だといえます。後編では、数多ある経済的支援の制度が把握できるように、全体的なあらましをご説明したいと思います。 後編〈障害者手帳、障害年金だけじゃない! 精神疾患・発達障害の人のための「経済的支援」制度はこんなにあった〉へ続く
青木 聖久(日本福祉大学教授、精神保健福祉士)