なぜ阪神藤浪は692日ぶり復活勝利を手にすることができたのか?
“岡ちゃん”の愛称で親しまれているサッカーの元日本代表監督である岡田武史氏(現FC今治オーナー)は「勝負の神は細部に宿る」を信条に、2010年のW杯南アフリカ大会でベスト16進出を果たした代表チームを鍛えた。 勝負ごとには時に不思議な現象が起きる。岡田氏は、常日ごろから、どんな小さなことに対しても「懸命」にやっているかどうかに、その運は左右されるのだというある意味、非科学的な考え方を持ち、その実戦を選手に求めた。例えば、それは練習のダッシュの最後の数メートル、数センチまで手を抜かない頑張りであり、試合中の最後の一歩をあきらめない集中力であったりする。藤浪が見せた「懸命」に、その”岡ちゃん”が唱えた理論が重なった。藤浪の「懸命」が”野球の神様”を振り向かせたのかもしれなかった。 昨年の1軍登板はわずか1試合。この日の勝利まで691日の空白があった。 「苦しいことばっかりだったように思いますし、辛いことが多かったのですが、コツコツやるしかないと思って、毎日、毎日、練習してきました」 3月に新型コロナウイルスに感染、その後、自粛期間中にパーティーに出席していたことなどの軽率な行動が明らかになり、バッシングを受けた。復帰後には練習に遅刻。矢野監督は2軍落ちの厳罰を下した。「藤浪は終わった」「トレードしかない」などと陰口を叩かれた。 だが、昨秋キャンプで中日OBの山本昌氏から受けた指導やシアトルのスポーツ施設「ドライブライン・ベースボール」のプログラムをヒントにした新しいピッチングスタイルへの取り組みを1日も忘れたことはなかった。沖縄キャンプでは、通常メニューが終了後にブルペンに入り、居残り練習をする姿があった。 荒々しい力感はなくなったが、左右へのブレがない再現性の高い新フォームを身につけると同時に最大の課題だった制球難を克服したのである。 ゲームを作れる投手にはなった。今季初勝利も手にした。だが、防御率3.78が示すように絶対的な信頼を得るエースと呼ばれるにはまだ足りないモノが多い。 もちろん頭のいい藤浪自身がその課題をわかっている。 「一個勝って、自分自身も流れが変わってくると思いますし、しっかりと勝てるように、長いイニングを投げれるように、チームに貢献できるように頑張っていきたい」 インタビューをその言葉で締め、四方に深々と頭を下げた。 この日が新しい藤浪のスタートである。