Intel再建道半ばでCEOを退任したゲルシンガー
突然の発表であった。Intelが自社のプレスリリースでCEOのパット・ゲルシンガーの引退を発表した。後任はまだ決まっていない。外国プレスの記事によると、ゲルシンガーは取締役会で「自ら退任するか、解任されるかの選択を迫られた」模様だ。大赤字を計上した第3四半期の決算発表後もIntel再建への道のりを熱っぽく語っていたゲルシンガーの突然の「引退」という実に奇妙なトーンのプレスリリースは、取締役会での緊迫したやり取りを想像させる。 【写真】2009年の退社直前となる同年4月に来日した際の当時のゲルシンガー。当時の肩書は上級副社長兼デジタル・エンタープライズ事業本部長
■迷走するIntelにCEOとして舞い戻ったゲルシンガーの4年間 ゲルシンガーは2021年初めに、プロセス技術開発での躓きと、CPUを中心とする製品力の低下で迷走していたIntelを再建するべくCEOとして舞い戻った。CEO着任後まもなくTSMCに伍するファウンドリ会社を打ち立てる遠大な計画「IDM 2.0」を発表し業界を驚かせた。 飛び級を経てLincoln Technical Instituteを18歳で卒業した直後、Intelにプロセッサーの設計技術者の一員としてIntelに入社したゲルシンガーは、「偏執狂だけが生き残る」などの著書で知られる辣腕CEO、アンディー・グローブの厳しい指導の下で頭角を現し、80486プロセッサー設計の責任者などIntelの黄金期を支えるプロセッサー製品設計に深くかかわり、2001~2009年の間、Intelの初代CTOを務めた。その後VMwareのCEOに転身したが、2021年に乞われてトラブルが続くIntelにCEOとして舞い戻った。その時、私は当コラムで「真打登場!!」と書いた。それまでIntelの足踏み状態を突いて快進撃していたLisa Su率いるAMDにも「とうとう手ごわい相手が現れたな」、というのが正直な感想だった。
IDM 2.0戦略を高らかに掲げたゲルシンガーの大胆な再建計画には、メモリービジネスに見切りをつけてマイクロプロセッサーに大きく舵を切ってのし上がった往年のIntelを彷彿とさせられた。就任時には、それまでCEOの不祥事を含む経営トップの交代などで非常に不安定だったIntel再建への業界の期待は大いに膨らんだ。 「4年間で5世代の新たなプロセスノードを開発する」、という極めてアグレッシブな開発計画を打ち出したIntelには、自国内での半導体サプライチェーンを構築しようとする米政府からの巨額の補助金の支払いも決定した。これからゲルシンガー率いるIntelの反撃が期待されていただけに、今回の退任劇はあまりにも唐突だった。「ゲルシンガーが引退」という異例のタイトルで発表されたプレスリリースのトーンは、処遇はあくまでも「引退」にこだわり、業界レジェンドのゲルシンガーに対するIntel側の配慮が伺えたのがせめてもの救いであったが、実は取締役会からの「追い出し」であった印象が強い。 ■x86アーキテクチャーにこだわったゲルシンガー かつてのIntelの強さは、x86マイクロプロセッサーという業界でも異例の利益率を誇る半導体製品とそれを最先端技術で製造する巨大なキャパシティーの保有による市場の独占的掌握であった。しかし、この二つの分野にはゲルシンガーが活躍した時代からは大きな変化があった。 NVIDIA、Apple、AMD、Qualcommといったファブレス企業とそれを最先端プロセスと圧倒的な製造キャパシティで支えるTSMCをはじめとするファウンドリ企業の興隆である。PC/サーバーでのIntelの独占的市場掌握の原動力となったx86マイクロプロセッサー分野では仇敵AMDのシェア拡大を許し、ゲルシンガーがCTOなどを務めていた時代には存在しなかったスマートフォン市場の拡大でQualcomm/Mediatekなどが台頭した。しかし、何といっても大きな変容ファクターはデータセンター向け半導体の付加価値と利益の源泉がNVIDIAが掌握するAIプロセッサーに移ってしまったことであろう。 x86アーキテクチャーのかつてのCPUでの不動の地位も、Arm/RISC-Vなどの低消費電力でスケーラブルなアーキテクチャーが市場に浸透している。こうした環境の大きな変化にあって、CEOとしてIntelに復帰したゲルシンガーであるが、やはりその戦略の中心をx86アーキテクチャーと圧倒的なキャパシティーに据えていた印象がある。以前にご紹介したシリコンバレーのベテラン記者、ドン・クラーク氏のIntelの40年を振り返る記事でIntelの低迷は「x86アーキテクチャーへの執拗なこだわり」が原因だと指摘している。かつての成功体験の土台が市場の変化により次第に削り取られ、すり減っていった事に気が付かず、迫りくるAIの巨大な波を乗り越えられなかったという見方もできる。また、巨額資金を投じた多数の企業買収も、外部の新たな技術を取り込むことなく、結局そのほとんどを手放してしまった。 とは言っても、この4年間でリリースされた製品群はすべてゲルシンガーがCEOに就任する以前から開発が始まっていたもので、ゲルシンガー自身が再三言っていたように「半導体ビジネスには中長期的なビジョンが必須条件であり、Intelの取締役会は私の描く戦略に5年のコミットをしている」、という当初の条件をまっとうできずに道半ばでIntelを去るゲルシンガーは相当に無念だったに違いない。 ■難航が予想される後任探し ゲルシンガー退任後のCEOの後任者選びの舵取りを任された暫定共同CEOの一人であるジンスナー氏は、次期CEOの資質について「製造と製品ビジネスに充分な経験を持った人材が好ましい」と発言しているが、ゲルシンガーの後任人材選任はかなり難航することが予想される。