東京都心にカワセミが生息している。地形と都市開発を「観察」する
柳瀬:東京でカワセミが幻の鳥になったのは、1950年代から90年代にかけて。高度成長期の人口増大で下水が処理されずに垂れ流しになり、工場排水がダダ漏れになっていた。都市河川は文字通り死の川になり、カワセミの餌となる魚やエビなどが絶滅しました。餌がないから暮らすことができない。1970年前後には、カワセミは奥多摩の清流に行かないとお目にかかれなくなりました。 都市河川に戻ってきたのはおそらく90年代終わりから2000年代かけてだと思います。が、その前に80年代、いち早くカワセミが確認できた場所がある。それが都心の湧水地だったんですね。川の源流だから水が汚染されていない。魚介類もいる。このためカワセミは、まず都心の湧水のある小流域源流の緑地で発見されるようになった。 矢野さんが観察した80年代の白金自然教育園、黒田清子さんの観察フィールドだった皇居や赤坂御所が、まさにそんな小流域の源流です。カワセミの保護区的な役割を一番果たしたわけですね。他にも神田川流域だと細川庭園や椿山荘、小石川後楽園。目黒川流域だと菅刈公園、妙正寺川流域だと哲学堂公園など……。 ふんふん。 柳瀬:カワセミがいち早く戻ってきた都心の湧水地のある緑地の周辺は例外なく高級住宅街です。こうした小流域源流部の湧水地はほぼ全て旧石器、縄文、弥生時代からの遺跡があり、戦国武将の城や、江戸時代の下屋敷、近代では財閥の別荘になっていたところです。つまり、時の権力者が湧水地を手に入れ、開発せずに残してきた。 小流域源流部をなぜ人は好むのか。源流の背後は尾根のてっぺんで水はけがいいので暮らすのにうってつけ。水害の心配がありません。しかも真下には常に清潔な水が湧いていますから、飲み水には事欠かないし、水を大量に飲む馬を飼うのもうってつけです。水辺には生き物が集まるから狩猟ができる、水がいっぱいあるから緑が豊かなので、採取もできる。田んぼにもなりますね。川とつながっているところは交易ができる。川沿いは、今その形が商店街になっているところもあります。 小流域の上流部は、衣食住に最適な場所ってことね。 柳瀬:そしてカワセミも小流域源流部が大好きです。綺麗な水には餌となる魚やエビがたくさんいるし、左右の山肌が迫る谷地形は巣穴を作るのに向いている。つまり、カワセミがいるところは、昔から人間が好んで住んでいたのとおんなじ場所、なんですね。 だから明治以降もカワセミが好む環境が残ったと。 ●世界中の成功者は「小流域の上流部」に住みたがる 柳瀬:です。小流域源流部は人類にとってもカワセミにとっても一等地。だから、有史以来、権力者が占有し、しかも泉と緑を守ってきた。当然そこには古くからの野生が生き残り、だからこそ、高度成長期でいったん都心から姿を消したカワセミもいち早く戻ってくることができた。構造はみんな一緒なんです。 この構造に気付けたのは、カワセミの暮らしを、コロナ禍のヒマに任せてストーカーのように、「渋谷のカワセミが白金のどうもこっちに行っている」とか、「目黒川のカワセミが菅刈公園に行っている」とか、時間、空間のつながりを求めて走り回ったおかげで、見えてきたんですよ。 観察で見えてきたのが、小流域が東京という都市に果たしたユニークな役割だった。 柳瀬:そう、とくに都心の庭園にはそれが強く表れてますよね。「小流域の源流をおさえたヤツが一番偉い」という構造ができた。さらに、俺は偉いんだぞ、と人に見せたい武家の大将が山水庭園を造る。山水庭園って小流域源流のカリカチュアライズでしょう。 あれはアイコン化した小流域なのか! 柳瀬:日本だけじゃなくて、世界中そうなんですよ。みんな「小流域」を自分のテリトリーに持ちたがる。お金持ちの家って、フランク・ロイド・ライトの……。 落水荘(←ググってください)。水源の上に家を建てちゃう。 柳瀬:Instagramで調べると面白いですよ。だいたいあのパターンです。段差があって、上が緑で、高いところに家があって、水の流れがあって、池があって、下りたところの向こうに海や大きな川が見えるという。