新型コロナと少子化で閉院も 小児科医療が直面する危機
そんな医院でも新型コロナによる影響は大きいという。昨年は患者数が6割減った月もあり、1日に10人しか訪れない日もあった。 「優しい看護師さんは『先生、(経営が)大変でしょうから、私が辞めますよ』なんて言っていました。『我慢すれば、患者さん戻ってくるから』って、とどまってもらいましたけれどね」 川原田さんは苦笑交じりに、医療過疎の地域ならではの現状を語る。 「ちょっと前までは宮古中心部にはもう一人70代後半の小児科の先生がいたんですが、退任されて、今は私を含めて開業医は2人。若い頃は70歳くらいでリタイアかなと思っていたんですが、今この状況でリタイアはとても難しい。ご隠居みたいに優雅に外国に行くとか、そういう人生設計は描けないですね」 元宮古市長で地元の内科医院長の熊坂義裕さん(69)は、こう証言する。 「川原田先生に何かあれば、宮古の小児科医療は崩壊します」
今後、岩手のような地方で小児科医が減れば、残る医師のカバーする範囲が広がっていく。患者側からすれば、さらに遠方の院へ足を延ばさねばならなくなる。子どもが急変した時、近くに駆けつけられる医師がいなければ、市民は安心した子育てができない。国全体がそうした事態に陥れば、少子化は逆戻りできないところまで行き着くだろう。 日本小児科医会会長の神川さんは、こう警告する。 「今は小児の急性感染症が激減し、重症の患者が少なくなったから、重症患者が入院する病院の数はある程度少なくても回していけます。しかし、子どもたちの健康を日常的にしっかり支えられる土台を作るには、地域ごとにある程度の人数の小児科医を確保しなければいけない。高次医療を担う各地の小児中核病院などと連携しながら、地域医がうまく分散し、全体として地域をみる。これから地域医療を維持していくためには、そういう適正な人数を各都道府県で割り出して提示していかないといけないんだと思います」
--- 古川雅子(ふるかわ・まさこ) ノンフィクションライター。栃木県出身。上智大学文学部卒業。「いのち」に向き合う人々をテーマとし、病や障がいを抱える当事者、医療・介護の従事者、科学と社会の接点で活躍するイノベーターたちの姿を追う。著書に『きょうだいリスク』(社会学者・平山亮との共著、朝日新書)