歴代最長「安倍政権」7年8か月のレガシーは何か?
野党の分裂状態が続いた影響
長期政権を可能とした背景としては、 野党陣営の分裂も重要である。旧民主党系議員が立憲民主党と国民民主党などに分かれており、その他にも維新の会や共産党などの野党がある。このように野党陣営が分裂状態にあるため、選挙の際、自民党に対する政権交代の受け皿としての有効な選択肢を有権者に対して提示できなかった。近年の国政選挙で常に自民党が勝っているのはこの影響が大きい。 この8月に立憲民主党と国民民主党の合流方針が決定され、9月上旬にも新党が発足する見通しである。言われているとおり新党が議員数150人規模になれば、自民党に代わる選択肢として有権者にアピールできる可能性が高まるであろう。国民民主党の玉木雄一郎代表らが新党に参加しないことなどに若干の懸念が残るものの、今後の展開から目が離せない。
北方領土、拉致問題、改憲も叶わなかったが
さて、7年8か月にわたった第2次以降の安倍政権だが、レガシー(後世に残る業績)を残せたといえるだろうか。当初期待された外交について、ロシアのプーチン大統領との交渉により北方領土問題が打開されるかに見えたものの、ロシア側の態度硬化により進展は望めなくなった。安倍首相が若い頃から取り組んできた拉致問題も、北朝鮮の態度は変わらず進展がない。憲法改正についても、安倍政権下での新憲法施行は叶わなかった上に、今後の見通しも不透明である。 安倍政権にレガシーがあるとすれば、それは長く在任したことそれ自体であろう。これまで、小泉首相を除き、日本の首相は1年程度で交替することが多かった。そのため海外でも日本政治は不安定であるとのイメージが強く、首相の存在感も低かった。ところが安倍首相の長期在任はそうしたイメージを払拭し、首相のプレゼンスを高めることに貢献した。トランプ米大統領とは「シンゾー・ドナルド関係」と呼ばれる密接な関係を築き、主要7か国首脳会議(G7サミット)でもメルケル独首相に次ぐ古株となった。さらに、官邸主導の政策決定を定着させたことも――その弊害も表面化してきたとはいえ――1つのレガシーと言えよう。 一方で、負のレガシーとでも言うべきものが残されたのも事実である。官邸主導の副作用として、官僚が首相官邸の方針に対して異議を申し立てることが難しくなったように見える。本来、民主主義は官僚の中立性と専門性により補完されなくてはならない。政策決定には大臣が責任を持たなくてはならないが、官僚は中立的・専門的な立場から大臣に真摯な助言をすることが求められる。官僚に本来求められるそうした行動様式が抑制されているとしたら、健全な民主主義にとって大きなリスクとなろう。 自民党内での政策論議が均質化しているように見えるのも懸念である。従来の自民党は、保守的な意見からリベラルな意見まで幅広い議論を許容しているのが特色であった。近年はそうした多様性が薄れ、首相の方針に唯々諾々として従う傾向が強くなっているようである。党としていったん決めたことに所属議員が従うべきなのは当然であるが、決定に至るプロセスでは多様な党内論議が必要である。 次の自民党総裁は、両院議員総会での投票で選ばれる見込みである。国会議員が1人1票を持つのに加え、各都道府県が地方票として3票を持つことになりそうだ。岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、菅義偉官房長官らの名前が取り沙汰されているが、誰が次期首相に就任するにせよ、安倍首相の正のレガシーを受け継ぎ、負のレガシーを克服することを期待したい。
----------------------------------- ■内山融(うちやま・ゆう) 東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は日本政治・比較政治。著書に、『小泉政権』(中公新書)、『現代日本の国家と市場』(東京大学出版会)など