“奥・山梨料理”とは?郷土愛に満ちた研究から生まれる「レストラン サイ」の魅力
また、豊島シェフはこの地域に代々伝わる伝統食作りにも着目する。 「かつては新しい食材や最新の技術を使って料理を作るキラキラした世界に憧れていました。でも、この地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちが行っている梅干や干し柿、こんにゃく、味噌などの作り方を学んだことで考え方が変わり、料理の幅も広がったんです」 これまでに培ってきた技術と経験に伝統的な郷土食の要素を取り入れながら、地元の食材にアプローチすることで、ここでしか食べられない“奥・山梨料理”が続々と生まれている。例えば、馬肉のタルタル。豊島シェフは塩味を加えるために、塩ではなく梅干しを入れている。 「塩には離水作用があるので肉から水分が出ますし、固形物なので粒子によっては肉になじまないこともあります。そこで旨味成分として塩味がある梅干しをペーストにして使えばより絡みやすいと考えて、試しに使ってみたらうまくいきました。ちなみに梅干しは塩分濃度を変えて数パターン仕込んでいて、どれをどんな素材にどう使うとどう合うのか、仮説をもとにひとつひとつ検証を行っています」 コース料理の内容は日々の仕入れの状況やその日とれたものによって変わるが、シグネチャーメニューをあげるとすれば、ジビエを使った料理だと語る豊島シェフ。中でもパイ包みは、自信のあるひと品だ。 「ジビエの肉は個体によって違うし、部位によって繊維も違います。季節や獲った猟師さん、しめ方によっても変わる。それを昔のフランス人が安定しておいしく食べられるようにと考案したのがパイ包みです。いろいろな技術が詰まっていますし、これを食べてもらえれば、今の自分を知っていただけると思います」
年間を通してさまざまな知識や情報を吸収し、経験を積み重ねることで、日々変化し、進化していく豊島シェフの料理。その原動力は好奇心であり、どんなことも楽しむ気持ちだ。 「狩猟や養蜂、農業など、いろいろなことをやればやるほど、料理人としての仕事がどんどん楽しくなってきます。例えば、栽培方法を学べば、食材を丁寧に扱うようになるし、お客様にも伝えたいことが増えていく。そして、それを聞きたいと思ってくれるお客様もいっぱいいる。周辺地域でともに頑張っている大切な仲間が作っている大切な食材だから、その素晴らしさをしっかりと伝えたいんです」 特に都市部の料理人は厨房で同じような作業を繰り返す単調な日々になりがちだ。その点、豊島シェフは、起床や散歩、仕込み、営業時間など日々の時間割は規則正しいが、ひとつひとつの内容はルーティンではない。 「毎朝、犬の散歩がてら山を歩くと、昨日は小さかったキノコが一日ですごく大きくなっていたり、採ろうとしていた野草が先に動物に食べられていたり。鹿や猪がいきなり飛び出してくることもあります。終始そういう生活なんですよ。生きている手応えを感じられることが楽しくて楽しくて。料理もその日に調達した食材の中でどう構成しようか考えなければならない。僕は飽きっぽくて、毎日同じことができないので、これくらい変化のあるほうが面白いですね」 日本食は世界的に注目されているにもかかわらず、伝統的な郷土料理がどんどん薄れていってしまっている気がして少し寂しさを感じると話す豊島シェフ。 「だからこそ、レストラン サイでは、地元の食材を使って昔ながらの製法を織り交ぜながら作る“奥・山梨料理”にこだわりたいし、文化としてちゃんと残していきたいんです」 温故知新とも言える新たな日本料理の物語が、富士山の麓で今、始まろうとしている。 レストラン サイ 住所:山梨県南都留郡富士河口湖町西湖208-1 営業時間:17時30分ドアオープン、18時スタート 定休日:日曜・月曜 完全予約制 TEXT BY HIROYA ISHIKAWA