「内部告発者が受けた仕打ちを見て、私は自分の考えを変えた。違法な報復行為を刑事罰で抑止せざるを得ないと」…異論を排除する世の中に、奥山教授が強く警鐘を鳴らす
現行の公益通報者保護法の問題点のうち早急に手当てすべきところ
この半年、日本社会でかつてないほどに公益通報者保護法に大きな関心をもたれています。鹿児島県警の問題、兵庫県の問題が一時は連日のようにテレビのワイドショーで取り上げられ、そこで、公益通報者保護法がキーワードとなっています。 しかしながら、その公益通報者保護法は、その名前、その趣旨、その理念の立派さに比べて、実際の法律の中身の、分かりづらいこと、内実の薄いこと、すなわち、その実効性の弱さ、その対象の狭さに少なからない人たちが困惑させられているのではないか、と見受けられます。 現行の公益通報者保護法では、公益通報を理由とした不利益な取り扱いに対して、違法ではあるものの、制裁も処罰もありません。違法な報復を受けた人がみずから訴えを起こし、解雇などの処分が無効であることの確認を求め、損害の賠償を求めることができる、というだけです。 そこに刑事罰を定め、違法に公益通報者を不利益に扱った人や事業者に対し、捜査当局のメスを入れられるようにし、罰金や懲役刑を科すことができるようにする、という方向で政府・消費者庁の検討が進んでいます。実は私は必ずしも賛成ではありませんでした。 罪刑法定主義の観点から要件を明確化しなければならないことで、どうしても、保護されるべき公益通報の対象を狭める結果になりかねないからです。できることなら、刑罰による威嚇ではなく、やんわりと促されるようにして、公益通報者が自然と守られるようにしたかった。 しかし、兵庫県の内部告発者が受けた仕打ちを見て、私は自分の考えをはっきりと変えました。最後の手段として刑事罰で違法な報復行為を抑止せざるを得ない、そう考え直しました。 ただし、刑事罰が導入されたとき、違法でありながら、その対象からこぼれて落ちてしまう「不利益な取り扱い」があることを忘れてはなりません。たとえば、事業者側が「通報内容には真実相当性がない」と誤認した過失による「不利益な取り扱い」がその一例です。罪を犯す意思、すなわち故意がない行為は罰しない、それが原則だからです。 刑事責任追及にあたって捜査当局は、極端に悪質で確実に有罪となる「不利益な取り扱い」だけを起訴して、そのほかは不起訴にするのが実務の通例になるだろうと思われ、それら刑事罰の対象とならなかった「不利益な取り扱い」の中にも違法なものはあり得ます。 こうしたケースが多々あることを念頭に、刑事罰の対象にならない類型の「不利益な取り扱い」に関しても、違法であり無効となり得ることや、損害賠償の対象になり得ることを明確化する条文を念のため加えたい、と私は考えます。 兵庫県の対応で特にひどかったのは、公益通報者の探索をおこなわせ、その探索の過程で押収したパソコンから、公益通報者のプライベートな内容の文書を把握し、結果として、公益通報者を黙らせようとその情報が使われたとみられることです。 現行法の下ですでに公益通報者保護法11条とそれに基づく内閣府告示の指針により、301人以上の従業員がいる事業者は、公益通報者の探索を防止する措置を義務づけられており、実質的に、公益通報者の探索は禁止されています。 ところが、兵庫県は今年3月に知事の指示で公益通報者の探索を行いました。9月、斎藤知事は、県議会でそれを不適切と指摘され、全会一致で不信任と決議されて知事を失職しました。なのに、斎藤知事は選挙で再選され、いまだに非を認めていません。 このままでは、「公益通報を行うことを検討している他の労働者を萎縮させるなどの悪影響があり、公益通報を躊躇させる要因に」なりかねません。公益通報者の探索の禁止について、国民に十分に理解されていない現状が見られます。このため、指針ではなく、法律の規定に探索の禁止をいわば格上げするべきだと私は思います。 この点、消費者庁が、法律上、事業者に対し、正当な理由なく公益通報者の特定を目的とする行為を禁止する規定を設ける、との方向性を打ち出しているのは、兵庫県の事例を教訓としたものであるといえ、私としては前向きに受け止めています。
おわりに
先に述べましたような、兵庫県の内部告発者、鹿児島県警の内部告発者が受けた、あまりにひどい仕打ちを見て、声を上げるべきか迷っている日本じゅうの多くの組織の内部の人たちに、できることなら、「大丈夫だよ」「全力をあげて守るよ」と、力強いメッセージを送ることができるような私たちの社会でありたい。 そのために、そして、パブリック、すなわち、私たちみんな、みんなの利益、公益のために、公益通報者保護法をより良い姿に磨き上げたい、そう思います。きょうのこのシンポジウムがそのための一助となることを願います。 ご清聴、ありがとうございました。
奥山俊宏