鑑賞者が深い同情を寄せずにはいられない「悲しきピエロ」。現在の派手な衣装やメイクになる前、18世紀頃の絵画に描かれていた姿とは
長きにわたって人々に鑑賞されてきた西洋の名画には、薔薇やリンゴなど、よく描かれるシンボルがあります。このようなシンボルについて、ベストセラー『怖い絵』シリーズの作者であるドイツ文学者の中野京子さんによると「ちょっとした知識があれば、隠された画家からのメッセージを探りあてることができる」とのこと。そこで今回は、中野さんの新著『カラー版-西洋絵画のお約束-謎を解く50のキーワード』から、西洋絵画をより深く読み解く手がかりを一部ご紹介します。 【絵画】ジャン=レオン・ジェローム『仮面舞踏会後の決闘』 * * * * * * * ◆道化 中世ヨーロッパでは、「職業としての道化師」「知能の低い者」「心身を病んだ者」が、どれも同じ「道化」と呼ばれた。 やがて「阿呆は目印を持たねばならぬ」との考えのもと、宮廷道化師は派手な衣装、ロバ(愚かさの象徴)の耳を付けた帽子、居場所を知らしめるための鈴付き杖が3点セットになる(ボスの『愚者の船』が典型例)。 彼らはその滑稽な振舞いで宮廷に笑いを提供したが、一方で「阿呆の特権」によって王に対しても辛辣なことを言う自由を許され、愚かどころか賢くなければ務まらない場合もあった。 この陽気な阿呆としての道化のイメージは長く続いたが、18世紀頃から白塗りの顔(時に涙の模様も加えられた)、だぶだぶの白い衣装の、滑稽味と哀愁の混じったイメージを持つ「悲しきピエロ」へと変貌し、まもなく無垢なロマンティスト、報われぬ芸術家、恋に悩む青年などと結びつけられた。
◆「悲しきピエロ」の結末 19世紀半ばのフランスで発表されたジェロームの『仮面舞踏会後の決闘』は、そのイメージが広く共有された上での作品だ。 タイトルどおり、仮面舞踏会で揉め事が起こり、血気盛んな若者同士のこととて着替えもせずに仮装したまま冬の公園に馬車を走らせ、決闘に至った、その悲劇的結末が描かれている。 勝者は後ろ姿を見せて、右手に去ろうとしている。 ピエロ姿の青年は無念そうな形相で、まだ剣を握ってはいるが、友人たちの慌てふためく様子から命の火が消えかかっているとわかる。 決闘の原因は、恋の鞘当(さやあ)てだったのだろうか、書いたばかりの詩をけなされたためだろうか……鑑賞者は「悲しきピエロ」に深い同情を寄せずにおれない。
◆さらに進化したピエロ さて、ピエロはさらに進化し続けた。 衣装は再びカラフルになり、白塗りの顔の目や口の周りにも赤だの青だの色がほどこされ、元の顔が隠されるようになった。 そして1970年代、アメリカに連続殺人犯ジョン・ゲイシーが現れる。 彼はふだんは温厚な実業家、休みの日はピエロ姿で子供たちを喜ばせていた。 犯行が明るみに出て、彼をモデルにS・キングがホラー小説『IT』を書き大ベストセラーになり、テレビ化も映画化もされると、ピエロを怖がる者が激増して今に至っている。 ※本稿は、『カラー版-西洋絵画のお約束-謎を解く50のキーワード』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
中野京子