「母になって後悔してる」を考える。〈後編〉「悔やむのは子どもを産んだことでなく、この社会で母になったこと」
女性たちの言葉にできない思いと生き方に迫った『母親になって後悔してる、といえたなら―語りはじめた日本の女性たち―』(新潮社)。著者でNHKの記者とディレクターである髙橋歩唯さん・依田真由美さんと、柏木友紀telling,編集長による対談の後編では、子ども側の受け止め方、母親たちを取り巻く家族のかたちや社会課題について考えます。 【画像】「母になって後悔している」を考える。
「ダブルスタンダード」の環境が母の苦しさに
柏木友紀telling,編集長(以下、柏木): お二人の本でインタビューを受けた女性たちは、30代から50代の方々でした。彼女たちの中には専業主婦だった自身の母親から「女性は、仕事を持って自立した方がいい」と言われて育ち、働きながら子どもをもうけたものの、仕事と子育ての両方を担う難しさに直面した人も多いようですね。 依田真由美NHKディレクター(以下、依田): それぞれの世代によって違いが見られました。幼少期の家庭環境が、父親は企業戦士で母親は専業主婦、といった構図の方もいましたし、その下の世代は、女性活躍が広がり始めた時代に育った両親のもとに生まれ、ご自身が母親になってから、仕事を頑張り、家事も子育ても完璧にしなければいけないといった「ダブルスタンダード」を求められることに苦しむ方々が多いように思いました。もっと若い世代になると、夫と妻の育児分担などといった課題が出てくるのかもしれません。 柏木: 役者で映像制作を学ぶ大学生、かつ2歳児の母という3足のわらじを履く40代の女性が、ワンオペ育児に悪戦苦闘する日常をセルフドキュメンタリーに残す様子もつづられていましたね。彼女は出産後、舞台の稽古や学業には時間が取れず社会との距離ができていくつらさを感じ、仕事の話をする夫に対して、「自分はずっと子どもと一緒で、友達と話す時間や自分の思いをアウトプットできる間もない。とても孤独」と吐露していました。 依田: 女性も男性も、ともに活躍できる道が示されているように一見見えるのにもかかわらず、女性にとっては家庭内での役割や家事、育児の負担が楽になっているわけではないですよね。夫だけ出世して、夜遅くまで働いていることにうらやましさを覚えたり、女性同士でも、独身の友達が自分の好きな道を歩んでいるのに、自分だけが前に進んでいない、といった不安や焦りを感じたりすることもあると思います。 髙橋歩唯NHK記者(以下、髙橋): あるワーキングマザーの女性は、仕事と家庭の両立を理想にしていたもののマミートラックに陥り、キャリアアップにはほど遠く、仕事への達成感が得られない現実に大きな葛藤を抱えていました。彼女が語った、「この社会で母になったことに後悔がある」という言葉は、今の30~40代で子どもを持つ女性たちに共通する課題に思えました。 柏木: インタビューで高橋さんは、「もう一度選べるなら、母になりますか」と質問しています。彼女たちの苦悩や状況を聞いたうえで、この質問をどのような思いで聞いたのでしょうか。 髙橋: 女性たちがそれぞれ自分の人生を客観視して冷静に見つめていたからこそ、本音を聞きたい気持ちがありました。「もう絶対に産まない」「産んだからこそ、いいこともあった」……そのそれぞれが、偽りのない答えだとは思いますが、その場で話してくれたことが、彼女たちの人生の全てではない。たとえ、後悔を感じたとしても、その後、何らかの経験や出来事で、彼女たちの受け止め方は変わるかもしれません。 「自分は後悔への折り合いをつけたんだ」と話してくれた方が、「今も、深い後悔で身動きが取れなくなるような瞬間が訪れる」とも話していたので、多くの場合、「後悔」という気持ちが完全に消えるわけではなく、「母になってよかった」「母にならなければよかった」といった、相反する二つの気持ちがひとりの人間の中に存在しているのだろうと感じます。