「もともと男? そんなの関係ないじゃん」日本で初めて性別適合手術からプロレス復帰するエチカ・ミヤビが目指す「理想のレスラー像」
トランスジェンダーの希望へ
「私みたいな存在が批判を浴びることも理解しています。だけど、SNSでMtFの話題が出るたび、MtFのすべてがゴミクズみたいに叩かれているのを見ると、『ああ、またか』と思ってしまう。自分は何もしていないのに、いろいろ批判されなくてはならないんだって。 私は今の状態で女風呂に入ったこともないし、トイレも基本的には性別を問わない多機能トイレを使うことにしています。気づかいをして、みんなに迷惑をかけないように」 エチカは、トランスジェンダーに対する世間の反応を冷静に受け止めている。 「ちげーよ、バカヤロウ。お前ら、ナメんなよ。ウチの店に来いよ!私のことを好きにさせて、色恋営業で破滅させてやんよ!」とプロレスラーらしいウイットとアジテーションに満ちた言葉を吐き出したい思いもあるが、それを押し出さない。そんなことを言えば、一部の攻撃的な批判者をさらに煽ることになるとわかっているから。 「こちらの権利を強く主張すると、相手をトランス嫌いにさせてしまうんじゃないかって。こっちの印象を上げて、『私たちも普通なんだよ』と思ってもらうことが大切というか」 トランスジェンダーとトイレをめぐる論争についても、落ち着いて持論を語る。 「MtFが女子トイレを使用することに対して、シス(出生時に割り当てられた性別と性自認が一致するシスジェンダー)女性が不安を感じたりするのもわからなくはないんです。 基本的にMtFは女性を襲ったりしないと思っていますが、『怖がらせてごめんね』という気持ちだってある。だから今は、私はできる限り男女ともに使える多機能トイレを使うことにしているんだし。 でも、シス男性が気軽に『男子トイレ使えばいいじゃん』と言うのは、ちょっと無責任。手術をして体も女性になったMtFが男子トイレにいたら、ギョッとされることもあるだろうし、過去には逆に襲われそうになったMtFもいた。 だから、シス男性が『オレは何もしないから』なんてMtFに男子トイレの使用を強制するのは疑問。というか、男の言う『何もしないから』がいかに信用できないか、よく知っていますしね」 大切なのは、臨機応変な対応だ。 「今は場面によって、ジェンダーはデジタルに切り分けないといけないこともあると思います。たとえば公衆浴場なら、男・女の2つ。あるいは、手術した男・女を合わせての4つ。でも実際のジェンダーって、アナログというかグラデーションになっているのも確かなんです。 FtMで男が好きとか、シス男性で女装が好きとか。いきなりそこまで細かく分ける対応を社会に求めるのは現実的ではないし、いつまでもLGBTQが社会に溶け込めない原因になりかねない。というか、私だって勉強が追いつきません(笑)。だから、私たちがどうしても歩み寄らなければならない限界もあることを認める必要がある。陸上や競泳など数字で結果を出すタイプのスポーツも、そのひとつかもしれません」 この言葉を裏返せば、だからこそエチカは〝ネオ無差別〟なプロレスに深く引き込まれたようにも感じる。 2024年に入り、コツコツと働いて費用を貯めたエチカは性別適合手術を行った。そのため1月からプロレスラー活動を一時休止している。同年秋の復帰を目指し、戸籍も女性に変更する予定だ。 これで心も体も女性になれる。喜びしかないが、ひとつだけ女子プロレスラーとしては肝に銘じていることがあるという。 「早く手術をしたかったのは事実なんですけど、名実ともに女性になれることで、自分の内面の弱さも克服できると期待しすぎてはいけないというか……。手術さえすれば完全に女性になれると思うのは、いわばガワだけに頼っていることじゃないですか。 身体だけではなく自分も心から女性であると自信をもって生きていけるようじゃないと、本物ではないし、お客さんを魅了できないと思っています。声援を送ってくれるお客さんの存在は本当にありがたいですし、うれしい。だけど、『本心はどうなんだろう?』と疑ってしまう子どもの私が、まだいるんですよ」 子どもの頃、他の男子と異なる感覚があることに引け目を感じていた自分の姿が脳裏をよぎる。エチカの考えすぎる一面が出ているのかもしれない。ただ、それだけ強さと自信にこだわっているのは、自分のファイト、そして強く有名になることには意味があると感じているからだ。 「私がこれまで歩んできた人生を知って、救われる人もいると思うんです。自分の性別や生き方に悩んでいる人、要は昔の私のような人はまだたくさんいると思う。そういった人がプロレスを通して私を知り、自分なりの正解や道を見つけてくれたら、すごくうれしい。私もそうだったけど、『自分はヘンな人間なんじゃないか』という思いって、人によっては死にたいという気持ちにつながりかねない。私がそれを少しでも食い止められるくらい、影響力を持てるようになれたら……」 かつての自分が青木歌音の存在に勇気づけられたように。 「今が一番楽しいし、自由なんですよ。だから私は、もっと素敵な女、カッコいいプロレスラーになりたい。『もともと男?そんなの関係ないじゃん』とたくさんの人にいわれる魅力的なプロレスラーに。そのためには何でもする覚悟ですよ」 文/田沢健一郎 監修/岡田桂
---------- 田沢健一郎(たざわ けんいちろう) 1975年、山形県生まれ。鶴商学園(現・鶴岡東)高校で三塁コーチやブルペン捕手を務めた元球児。出版社勤務を経てフリーランスに。野球をはじめスポーツの分野を中心に活動。著書に『あと一歩! 逃し続けた甲子園』『104度目の正直 甲子園優勝旗はいかにして白河の関を越えたか』(共にKADOKAWA)、共著に『永遠の一球 甲子園優勝投手のその後』(河出書房新社)、『甲子園歴史を変えた9試合』(小学館)。 ----------
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