養老孟司 サルやイノシシが畑を荒らすようになった意外過ぎる理由とは…「一方の秩序が、他方の無秩序を引き起こすということ」
◆エントロピーの増大 細川元首相が湯河原で陶芸と畑をやっている。知人にそう聞いた。その知人があるとき細川宅を訪問したら、細川さんが檻に入って畑仕事をしている。なぜ人間が檻に入るのかというと、サルが出るからである。 それならイヌを飼えばいい。というより、だから人はかつてイヌを飼うようになったのであろう。番犬とはそういう意味である。なにも泥棒の番をするだけがイヌの役目ではなかった。サルだってイノシシだって、農家から見れば泥棒の一種である。それがわからなくなったのが都会人であろう。 どうすればいいか。イヌを参勤交代させればいい。1年のうち適当な期間は、飼い主ともども田舎に行き、山野を走り回ればいい。それが本来のイヌの姿ではないか。それをこれっきり愛玩動物にして、恬(てん)として恥じないのはだれか。イヌを虐待すると、動物愛護の人たちが怒る。それなら紐で一生つないで飼っているのは、虐待ではないのか。 わが家のネコは、紐でつないでない。勝手に家を出入りしている。1年前に飼ったネコだが、おかげで当方の手から餌をとるまでに慣れていたタイワンリスが来なくなった。そのくらい、野生動物は捕食者に敏感である。それで当然で、それでなけりゃ生きていけない。 野犬の問題は、いわゆる環境問題の象徴である。イヌを管理せよと主張した側は、まさかその結果、サルとイノシシとシカが農作物を荒らすようになるとは考えなかったであろう。一方の秩序は、他方の無秩序を引き起こす。これをエントロピーの増大といって、熱力学を学んだ人はだれでも知っているはずである。
◆意識と眠り、秩序と無秩序 われわれはかならず寝る。寝ないで済ませようと思っても、それは続かない。なぜか。起きている状態とは、意識がある状態である。意識とは秩序正しい活動である。無秩序な意識などというものはない。意識が秩序的活動であるなら、それはどこかに無秩序を生み出しているはずである。イヌを管理すれば、サルが出てくるはずなのである。 意識という秩序活動が生み出した無秩序は、脳自体に蓄積する。脳に溜(た)まった無秩序を、脳はエネルギーを遣って片付ける。その作業の間、当然のことだが意識はない。それを人々は「眠る」という。眠るのは休んでいるのだ。それが通常の了解であろう。休むというのはエネルギーを遣わない。 ところが寝ていようが起きていようが、脳はエネルギーを消費するのである。ということは、寝ている時間は「休んでいる」つまり「エネルギーを遣わない」時間ではない、ということである。それは「無秩序を減らして、元の状況に戻す」ということなのである。 だから覚醒剤の使用は、脳を傷害する。長期に使用すれば、統合失調症に似た状況が出現して、回復が困難な障害を生じる。もちろん眠らないで暮らすことも不可能である。意識があるということは、同時に眠りが存在することなのである。
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