VW排ガス不正 ディーゼルは終わりなのか? 日本は大丈夫なのか?
■欧州と北米の規制の差
さて、フォルクスワーゲンは何故このような反社会行動に及んだのだろうか? 先に触れた様に、世界各国では、それぞれ独自の排気ガス規制がある。米国と日本はその規制値が近い。そもそも米国の規制を参考にして作られたから当然だ。両国で最も重視してきたのは光化学スモッグの原因となる窒素酸化物(NOx)だ。次に炭化水素(HC)と一酸化炭素(CO)で、二酸化炭素(CO2)と粒状物質(PM)について顧みられるようになったのはこの十年少々のことである。 翻って、欧州ではこうした毒性ガスの問題より、環境課税がかけられるCO2排出量とPMが主題となっていた。毒性ガスについては日米と比較すれば相当に緩く、欧州のそれが日米と同等レベルの規制になったのは2014年のユーロ6規制が始まってからだ。 このユーロ6規制は2014年9月以降の発売モデルに課せられたが、すでに販売されているモデルについては2015年の9月まで移行措置がとられたのである。クルマのエンジンはそう簡単に新型に積み替えられないから、モデルチェンジが済んでいないクルマはひとつ前のユーロ5規制適合のまま売らなくてはならない。 この新規制は事前にアナウンスされていたので、間も無く新型に変わることがわかっていてわざわざ現行モデルを買う消費者はいない。しかしフォルクスワーゲンはトヨタとの販売台数一騎打ちの最中だ。「端境期だから仕方ない」と販売の鈍化を眺めていられる状況ではない。当然この間の販売をどうするのかが重大な問題になった。 そこでフォルクスワーゲンは北米に白羽の矢を立てることになる。北米は速度規制が厳しく、ゆっくり定速で巡行する使い方が多いので、本来ディーゼルに向いているマーケットだ。なのに、ディーゼルが普及していない。売り込み先として大きな期待ができるのだ。
■ごまかしの手口
そこで問題になるのが前述の米EPAの規制「Tier2 Bin5」だ。緩いユーロ5規制適合のエンジンではこの規制を通らない。Tier2 Bin5のテストモードを詳細に見ると、特に苦しいのは市街地でのんびり走っている時の急加速を想定したテストだ。ディーゼルの排気ガス温度は低く、ターボでエネルギーを吸収されるとこの温度はさらに下がる。市街地を高いギヤで巡行している時は燃料をあまり燃やさないので排気ガス温度は低い。 具合の悪いことに触媒は化学反応を促進する装置なので、温度依存性が高い性質がある。そのため巡行から急加速する際には、触媒の温度が下がってしまっているため十分に作動しない。その結果NOxがどっと出て規制に抵触してしまうのだ。だからこの時にエンジン制御を特別なプログラムに変える。燃料の噴射量や噴射タイミングを変え、併せて後処理浄化装置をフル稼働させる。 この後処理装置には2種類あり、ひとつは近年普及しだした排気ガスに尿素を噴霧する尿素SCR方式だ。尿素とNOxの化学反応により、NOxを無害な窒素と酸素と二酸化炭素に還元する。温度依存性はあるが、そういう条件だけなら尿素を余分に吹くことである程度の効果が見込める。 しかし旧来型のもうひとつのタイプ、NOx吸蔵還元触媒方式が問題で、こちらは温度依存性がより高い。触媒を十分に働かせるためには、生の燃料をわざと排気管に流して燃焼させ、触媒を加温しなくてはならない。ところが、触媒の加熱は加速の瞬間に一気に行うのは難しい。フォルクスワーゲンの場合この2種の後処理装置を車種によって単独で、あるいは両方備えていた。 詳細は未発表なので、ここからは想像だが、EPAのテストモードではいつ急加速するか予めタイムチャートでわかっているのだから、加速前の巡行中から余分に燃料を吹く制御を行って触媒を加熱していたのではないかと筆者は考えている。もしそうだとすれば、急加速をいつ行うかがわからない現実の路上では不可能な制御だ。テストのタイムチャートを仕込んだ特殊プログラムに頼らなければならない理由の説明がつく。