大統領選挙の投票率71%。台湾国民の政治への高い関心から日本が学べることとは?
ジェンダー平等が進む台湾の現状を、台湾出身の社会学者・張瑋容さんに聞くインタビュー。今回は台湾の政治と社会運動にフォーカス。今年1月の大統領選挙では投票率71%を突破。台湾国民が政治に高い関心を寄せる理由から、社会運動の現状、日本が学べることまでを聞きました。 【写真】台湾ほか世界の生理事情
■女性政治家の増加が、改革の推進を後押し ――戒厳令が解除された1987年以降、女性の権利を確立するための法律が次々と成立するなど、猛スピードで成果を上げ続けた台湾の女性運動。Vol.1では、その経緯を詳しく教えていただきましたが、功績をもたらした最も大きな要因は何だと考えますか? 張さん:やはり、女性の政治参加が増えたことだと思います。アジア諸国と比べて、台湾の女性政治家の割合は群を抜いています。法律の改革を求める際に、最もダイレクトに影響を与えられるのが政治家。女性議員割合の保証枠を4分の1に拡大することを求め、認められたことが、後の改革につながったと言えるでしょう。 ■民主主義を守らなければいけない、という意識が運動の力に ――戒厳令が解除されて社会運動が可能になると、大規模なデモが行われるようになったそうですね。日本では、デモに参加することに抵抗感を抱く人が多い印象があります。台湾では、いかがですか? 張さん:もちろん全員がデモ推奨派ではありませんが、デモそのものや参加者に対して悪いイメージを持つ人は昔より減っていると思います。実は2024年5月にも、政府に対するデモが行われたばかり。10万人以上が国会議事堂にあたる立法院の周辺に集まり、台湾の歴史上、最も大規模なデモの一つとなりました。 デモの目的は、5月に発足された新政府による、改革法案の強行採決を止めること。今年1月に大統領と立法委員(国会議員)の選挙があり、大統領は与党である民主進歩党員(台湾主権派)が当選しました。しかし国会議員は、野党である中国国民党(親中派)と台湾民衆党(曖昧な立場)の合計が半数を超えるというイレギュラーな構成に。すると野党は、自分たちに有利な改革法案をきちんと議論しないまま可決しようとして、多くの民衆がこれに反発しました。 今回のデモで特筆すべきは、リーダーが不在だったこと。10年前にも「ひまわり学生運動」と呼ばれる、政府に対する大規模なデモが行われましたが、この時は大学生の運動家たちが人々に呼びかけてリーダーシップを取っていました。 しかし今回は、一人一人が自発的に国会議事堂前に集まりデモに参加した。これは、民衆がデモの重要性を理解していることの表れだと感じます。結果的に、改革法案は可決されてしまったのですが、民衆はまだ諦めていません。今後はどういった行動を起こすべきか、ネットで熱い議論が繰り広げられています。 ――10万人という規模のデモを行っても、民衆の声は受け入れられなかったのですね。それでも希望を失わずに戦い続けられるのは、どうしてでしょうか? 張さん:与党と野党の政治的立場の最も大きな違いは、台湾主権派か親中派であるか。ただ、今回の騒動では、中国との関係も争点の一つではありますが、最も大きな争点となったのは、立法院不当権限拡大への懸念でした。この国会改革法案が可決すると、影響される範囲が非常に広いにも関わらず、法案の中身が曖昧で、ちゃんと議論・審議もせずに強行可決しようとする野党のやり方には「民主主義の崩壊への懸念があるのではないか」と、民衆が不満を募らせました。 しかし与党を支持する民衆は、中国とは一定の距離を保ちたいと考えています。それは、台湾が独自に築いてきた民主主義を守るためでもあります。 2016年に民主進歩党の蔡英文さんが大統領に就任し、政権交代して以来、中国との関係は悪化の一途を辿っています。中国の軍隊が台湾の周辺で軍事演習を行うなど、国民は中国の脅威を肌で感じるようになり、人々の危機感が高まっている。民主主義を守ることはもちろん、自分たちの生命に関わるという意識が、戦い続ける活力になっているといえるでしょう。 ■一人一人の政治への関心の強さが、大きな社会運動へとつながっていく ――デモなどの活動を継続するためには、経済的な基盤がなければ困難だと想像します。運動家や団体は、どのように活動資金を得ているのでしょうか? 張さん:企業による寄付や政府の支援制度もありますが、個人からの寄付金が最も大きいと思います。先ほどお話しした5月のデモでも、全国の人が金銭や食事、宿泊施設を提供し、話題を呼びました。 当初は10万人も集まると想定されておらず、国会議事堂の近くに位置する教会のスタッフたちが1000人分のお弁当を用意していました。しかしデモが始まって間も無くして、1万人を突破。するとデモに参加できないシニア世代や地方の人々が、お弁当のデリバリーを注文して現場に届けたんです。 また、地方から集まった若者のために自宅を開放し、シャワーを貸してあげたり、泊まらせてあげたりする人もたくさんいました。そのように、自発的に支援を行う人々は「課金おじさん」「課金おばさん」という愛称で呼ばれ、メディアで大きく取り上げられました。 ――日本では、とくに若い世代は政治に対する関心が薄く、その理由の一つとして、政治で社会が変わるのを体験したことがないことが挙げられています。台湾の若者が政治の重要性を認識できているのには、どのような背景がありますか? 張さん:私は現在40代ですが、小学生のときに戒厳令が解除されたのをきっかけに民主化運動が増えて、さまざまな制度が変わっていくのを目の当たりにしました。台湾の30代以上の人は多くの変化を体験しており、それが政治に対する信頼につながっているのだと思います。 それよりも若い世代は私たちほど変化を体験していませんが、親や先輩たちから話を聞いたりして、歴史をきちんと学んでいます。また、近年でも政権交代や大規模なデモがあり、メディアでも大々的に報じられているので、自然と政治への関心が高まっているのでしょう。 ■地方ではまだまだ根強い家父長制。学び合いながら、より平等な社会を ――張さんは日本の大学で講義を行っていますが、学生と触れ合う中で、日本と台湾の学生の政治に対する意識の違いを感じることはありますか? 張さん:台湾の学生と比べて、日本の学生は政治や国際問題に対する危機感が希薄で、自分とは関係のない話題だと感じている人が多い印象です。そのため私自身も、授業で国際ニュースを積極的に取り入れて、日本との関連性を説明するようにしています。 つい先日は、社会学の授業でアメリカのトランプ前大統領の襲撃事件に触れました。最初は眠たそうにしていた学生も、日本が受ける影響について話した途端、表情が変わったんですよ。ただ事実を教えるのではなく、「政治や国際問題は私たちの日常と関連しているんだ」と、学生が認識できるような教育が求められているのかもしれません。 ――地理的にも日本の近くであり、文化的な共通点も多い台湾の女性運動の歴史から、日本が学んで生かせることはあると思いますか? 張さん:他国の真似をしても、必ずしも同じような結果になるわけではないので、それぞれの社会に合わせて戦略的に考える必要がありますが…女性の政治家を増やすことは、間違いなく大きなステップになると思います。 女性の候補者が増えれば、人々にとっても選択肢が増えるんですね。今までは男性ばかりだった候補者のリストに女性が増えて、それが浸透していくと、若い世代の女性たちが「私たちも政治の世界で活躍できるんだ」と実感する。そうして女性の政治家の割合が増えれば、制度や法律が多角的な視点で見直されるようになります。 台湾でも都会では男女平等が浸透してきましたが、地方では家父長制が根強く残り、女性が抑圧されている地域もあります。中国との関係も含めて、まだまだ問題は山積みです。お互いに学び合いながら、それぞれにとって、より良い社会を実現できることを願っています! 社会学者 張瑋容(チョウ イヨウ) 台湾生まれ。同志社女子大学現代社会学部准教授。専門はジェンダー、社会学、ポップカルチャー。著書に『記号化される日本ー台湾における哈日現象の系譜と現在ー』(ゆまに書房)、『ハッシュタグだけじゃ始まらない 東アジアのフェミニズム・ムーブメント』(大月書店)などがある。 イラスト/MIYO 取材・文/中西彩乃 企画・構成/木村美紀(yoi)