そしてマツダだけが残った 誕生35周年を迎えた「ロードスター」とそれに挑んだモデルたち
フィアットからのオーダー
名乗りを上げたチャレンジャーが次々と敗走していくなか、先駆者利益に長年にわたって築き上げたブランド力が加わって、オープン2座のライトウェイトスポーツ市場ではひとり勝ちとなったマツダ・ロードスター。その存在の大きさを再認識されられたのは2013年のことだった。マツダとフィアットが提携、2015年にロードスターをベースとするオープンスポーツ(スパイダー)をアルファ・ロメオブランドからリリースすると発表されたのである。 その後フィアットグループ内でブランドがアルファからフィアット/アバルトに変更されたが、2016年に「フィアット124スパイダー」とハイパフォーマンス版の「アバルト124スパイダー」として結実した。どちらもマツダ・ロードスター(ND)と共用するプラットフォームに独自のボディーを載せ、フィアット製の1.4リッター直4ターボユニットを積むが、広島にあるマツダの工場で生産される国産車となる。 およそ30年ぶりにその名が復活したフィアット124スパイダーだが、初代がトリノショーでデビューしたのは、その時点からちょうど半世紀をさかのぼる1966年のことだった。いっぽうそのころのマツダはといえば、戦前からの歴史があるとはいえ、乗用車をつくり始めてからまだ6年。やがて世界に通じるパスポートとなるロータリーエンジンを社運を賭して開発していたが、「コスモスポーツ」として商品化されるのは翌1967年のこと。海外で“MAZDA”を知る人間などごくわずかだったことだろう。 それから半世紀。そのマツダが黎明(れいめい)期から自動車をつくり続けてきたイタリア最大のコングロマリットであるフィアットに請われてスポーツカーをつくるまでになったという事実に、筆者を含むリアルタイマーのクルマ好きが驚きと感動が入り交じった気分になったのはまだ記憶に新しい。 そんなフィアット/アバルト124スパイダーという兄弟を加えて、マツダ・ロードスターはますます無双状態に……と思いきや、この日伊ハイブリッドの兄弟は、あまり盛り上がらないままデビューからわずか4年後の2020年に生産終了してしまったのだった。 そうした結果、現在のライトウェイトオープンスポーツ市場は、「そしてマツダだけが残った」と言っていい状況になっている。そのマツダ・ロードスターも純エンジン搭載車は現行ND型が最後で、2026年以降の登場が予想される次期NE型(?)は何らかの電動化が施されるだろうといわれている。果たしてそのときが来ても、マツダ・ロードスターはライトウェイトオープンスポーツの代名詞的存在であり続けることができるのだろうか? (文=沼田 亨/写真=マツダ、ステランティス、トヨタ自動車、ロータスカーズ、BMW、ゼネラルモーターズ、TNライブラリー、webCG/編集=藤沢 勝)
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