ダンプ松本「女子プロレスの花火をもう一度上げたい」
ダンプが語る女子プロレスへの熱い思い
あの女子プロレスラーのダンプ松本が、36周年を迎える。一度は引退したものの、「女子プロの花火をもう一度上げたい」という思いから、現場復帰。最近はいろんなところで種蒔きをしている。そんなダンプ松本を大阪で直撃した。素顔はベビーフェイスながら、「今はヒールがいない」と、女子プロへの熱い思いを語ってくれた。
女子プロレスラーの道を目指した理由
ダンプ松本は1980年から1988年まで全日本女子プロレスに所属して活躍し、今はえりオフィスに所属している。 デビュー後の1984年、ブル中野らとヒールのタッグチーム「極悪同盟」を結成すると、『全日本女子プロレス中継』(フジテレビ)でヒールにもかかわらず人気を博し、特にクラッシュギャルズ(ライオネス飛鳥と長与千種の当時のコンビ名)との抗争は女子プロレス史に残る一時代を築いた。長与千種とは2度にわたり、「敗者髪切りデスマッチ」を行っている。 ダンプが女子プロレスラーの道を目指したのは、幼い頃から父親の金銭、DV、女性問題などで苦労を重ねていた母親のために家を買ってあげたいという思いから。 「父との関係は今も仲はよくありません。今までは顔も見なかったけど、最近は声をかけたりはしてます。もう長くないから、最後くらいはそうしてあげようって」と、話している。
クラッシュギャルズとは本当に喧嘩マッチだった
リング上ではヒールに徹するが、プライベートでは涙もろく人情に篤い性格だとも言われている。 ──クラッシュギャルズとの抗争はファンを熱狂させました。 ダンプ:女子プロの全盛期にクラッシュギャルズとやってたから、その試合がいちばん燃えた。楽しかった。あの時は本当に憎らしくて、口も利かなくて、喧嘩マッチだったから、お客さんも喜んでくれた。今思うと、クラッシュがいたから、今の自分がある。極悪があるから、クラッシュもある。それは大人になって丸くなって、ようやく話ができるようになってわかったこと。あの頃は、「ふざけんな」っていう、とげとげしい関係だった。 ──実はクラッシュギャルズとは仲がよくてキャラづくりだったとの噂も…。 ダンプ:決してキャラづくりではなかった。本当に喧嘩マッチだった。その理由は、会社側の戦略。長与がこういうことを言ってたよとか、ダンプがこういうふうに言ってたよって、女の子同士だから妬みがあったりとか、それで喧嘩マッチになったんです。でも、あとでわかったんだけど、互いに「そんなこと言ってないよ」って。つまり会社に乗せられてたんです。ひどい話だよねえ。というか、頭いいねえって感じ。それがその時の時代で、よかったわけで、今があるわけだから。シナリオにのっとってやっていたわけではなかった。 ──流血試合も多かった。 ダンプ:当時のビデオを見ると、ほんとに嫌いな人には頭を狙って殴ってますから。それを見ると、あの頃は飛鳥のほうが嫌いだったんだとか、この頃は千種が嫌いだったんだってわかる。千種にはほとんど頭狙ってます。だから自分は思い切り憎まれたわけだし、その分、お客さんはたくさん見にきてくれた。