廃墟寸前の市場に行列ができる…ポツンと1軒だけ残る「親子の小さな食堂」が地元で50年間愛され続ける理由
兵庫県加古川市の「千成亭」は、千久谷武さんと母・千秋さんが営む人気の食堂だ。かつて市場として賑わい、いまは廃墟のような建物の中にある。これがYouTubeで話題になり、全国から客が集まるようになった。なぜ「廃墟」のなかで店を開いているか。インタビューライターの池田アユリさんが千久谷さん親子に取材した――。 【写真】加古川名物の「かつめし」 ■一軒だけが「営業中」の看板を掲げている 兵庫県加古川市神野(かんの)。この辺りは団地や一軒家が並んでおり、加古川、姫路、神戸のベッドタウンだ。最寄り駅からのんびり10分ほど歩くと、心霊スポットと言われたら頷いてしまうような建物に辿り着く。1970年代に買い物客でにぎわいを見せた神野市場だ。 今では市場の面影はない。外観は鉄骨で覆われ、外壁がところどころ崩れている。この廃墟寸前の市場に、全国各地から人が食べにくるほど賑わっている食堂があると、誰が想像するだろう。 市場の中央部であるL字型の通路に入ると、唯一「営業中」の文字を掲げている「千成亭(せんなりてい)」が見えた。 水曜の午前11時過ぎ、店の引き戸を開けると、厨房の男性から「いらっしゃいませー!」と大きな声。店内に入ると、6畳ほどのスペースにカウンターとテーブル席が2つある。営業開始から間もない時間にもかかわらず、すでにカウンターとテーブル席には若い男性客が座っていた。筆者の入店後すぐに別の客が入って来て、店は満席になった。
■夫婦の店から、親子の店に 10種類ほどあるメニューのなかでも、一番の人気は加古川の名物「かつめし」の定食だ。サラダとパスタ、味噌汁、日替わり小鉢、漬物、デザートが付いて、値段は1200円。ご飯の量を選ぶことができ、値段は変わらない。大は450g、お茶碗3杯分となかなかのボリュームだ。 「今日は混んでいるほうですか」と女性スタッフに聞くと、「空いているほうです」と返って来た。週末になると店前に列ができ、20台ほど停められる市場の駐車場は千成亭に訪れる人たちで満車になるという。 厨房では、180センチくらいのプロレスラーのような体格をした料理人・千久谷武(ちくたに・たけし)(47)さんが中華鍋を振って、小気味よく音を鳴らす。一方、カウンターでは華奢な女性が水餃子を温めている。看板娘の母・千秋さん(76)だ。カウンター前に座る男性に「ごはんのおかわり、よそいましょうか?」と声をかけていた。 かつめし定食を食べ終えた若い男性客の1人が、「はぁ、しあわせ」とため息をもらした。今にも崩れそうな外観とは裏腹に、お店の中はどこかあたたかい。 千成亭は、今年で50周年を迎える。武さんの父・正文さんと母・千秋さんが立ち上げ、いまはフランス料理店のシェフだった武さんが厨房に立ち母子で営む。 この人気店の歴史は、「夫婦の絆」からはじまった。 ■賑わう市場で掲げた2つの看板 1973年、鳥取県米子市出身のフランス料理店のシェフだった正文さんと加古川市出身の千秋さんは29歳と27歳の時に結婚した。「自分たちで何か商売を始めよう」と考えていた時、神野市場で小さなおもちゃ店を経営していた千秋さんの姉から「店舗にひとつ空きが出るみたいよ」と連絡を受けた。 当時ニュータウン開発が進む地域の台所として建てられたばかりの神野市場は、繁盛ぶりがすさまじかったそうだ。鮮魚店、精肉店、手芸店、ペットショップなど48店舗がひしめき合い、昼夜を問わず人通りが途切れなかった。 当時を振り返る千秋さんは1枚の写真を見せてくれ、「市場の催しで、タレントの大村崑が来たの。店の前のところで撮影したんです。すごい人の数でしょう?」と笑った。 市場を管理する地主と契約し、夫婦はうどん店だった厨房を作り替え、1974年8月に大衆食堂「千成亭」をオープン。 フランス料理店にしなかったのは、正文さんの判断だった。市内には団地が次々に建てられており、市場周辺には建築現場で働く人たちが多かった。田舎でフレンチを出しても売れないだろうと考え、「洋食和食 千成亭」「中華食堂 千成亭」と2つの看板を掲げた。 メニューの選び方は、お店の入り口のショーケースに並んだおかずから客自身が好きなものを取るスタイルを取り入れた。