幻の「Z8クーペ」は実在した! 新コンセプト「コンセプト・スカイトップ」の登場で再注目されるBMWネオクラシック。
もし「Z8」が現代に蘇ったなら……。BMWの歴史的モデルからインスパイアを受けた新コンセプト・クーペが、世界最古の自動車コンクール「コンコルソ・デレガンツィ・ヴィラ・デステ」でお披露目された。「コンセプト・スカイトップ」とは如何なるクルマか。イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオ ロレンツォが現地からリポートする。 【写真】幻のBMW「Z8クーペ」の詳細を見る!(全19枚)
コンセプト・スカイトップを披露
BMW は2024年5月24日、イタリア北部コモで「コンセプト・スカイトップ」を発表した。自動車コンクール「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステ2024」で公開された同車を、メーカーは「パワー、高精度、職人技術が融合した、ラグジュアリーな旅のためのオープン2シーター」と説明している。内外装とも温かみのあるモノトーン・カラーを基調とし、有機的な力強さとともに、流動美をともなったスポーティな優雅さを表現したという。 外観では筋肉質な雰囲気を追求。ボリューム感を後方に向かって拡大している。ドア上端に目立たないように組み込まれた“ウィングレット”は、従来のドアハンドルの役目を果たす。前部には照明付きキドニーグリルを備えたシャークノーズ・デザインを採用。LEDヘッドライトは、現在供給されている製品のうち最もスリムなものをベースに特製した。 座席後方にある革仕上げのロールオーバー・バーは、B ピラーおよび格納可能なリアウィンドウとデザイン的融合が図られている。後部で注目すべきは、ルーフの赤茶色を引き継ぎ、外装のシルバーへとグラデーション塗装が施されていることだ。これはBMW グループ・ディンゴルフィンク工場の熟練塗装職人によって実現されたものである。同じくディンゴルフィンク工場の皮革職人による革シートには、ブローグシューズに似たアクセントが施されている。
発想源は“ボンドカー”
コンセプト・スカイトップは、ワンオフ(一品製作車)であるとBMWは名言している。だがその意匠は、昨今の同社製SUVから受けるアグレッシヴさとは一線を画した高貴さを漂わせており、既公開の「ヴィジョン・ノイエ・クラッセ」のシンプルな造形とともに、BMWデザインの新しい潮流を匂わせている。 BMW グループ・デザイン責任者のエイドリアン・ファン・ホーイドンクによると、コンセプト・スカイトップは歴史的車種2台をモティーフにしている。1台は1956年から1959年まで生産された「503」、そしてもう1台は2000年から2003年にわたって造られた「Z8」だ。 ここからはそのZ8について解説しよう。源流は1997年10月の東京モーターショーで公開されたコンセプトカー「Z07」ロードスターおよびそのクーペ仕様だった。 1950年代の同社製モデル「507」を巧みに再解釈したスタイルは、当時BMWデザインチームを率いていたクリス・バングルのディレクションによる。外観は、のちに自身で「フィスカー・オートモーティヴ」を立ち上げたヘンリク・フィスカーが手がけた。 エンジンにはBMW 「M5」のV型8気筒32バルブが用いられ、変速機には手動6段もしくは自動5段が用意されていた。 Z8の初披露は洒落たものだった。1999年の映画「007 ワールド・イズ・ノット・イナフ」で、ボンドカーとして登場する形がとられたのだ。2003年までの総生産台数は5703台で、仕向地の比率は3160台が欧州、2543台が米国だった。 ホーイドンクに話を戻せば、今回のコンセプト・スカイトップは、Z8から「最高水準のドライビング・ダイナミクスとエレガンスの組み合わせ」を学んだという。具体的には「フロントフードからインテリアを経てテールゲートのアルミニウム・トリムまで伸びる姿のダイナミックな流れ」と語る。 2024年のヴィラ・デステでは、Z8の誕生25周年が祝われた。グランドホテルを舞台にした招待日には、幻の「Z8クーペ」がディスプレイされ、来場者を驚かせた。同車からは、コンセプト「Z07」のクーペ仕様をベースに、ターンシグナルランプや後フェンダーのマーカーランプを追加するなど、量産化を真剣に模索したことがうかがえる。 いっぽう翌日、近隣のヴィラ・エルバで開催された一般公開日で、Z8がどこに展示されているのか探してみた。すると、今度は鮮烈な赤の2001年式が湖畔の絶景ポイントに置かれていた。ヴィラ・デステのスポンサーでもあるBMWによって、インスタント写真の無料撮影セッションに供されていたのだ。「Z8と記念写真を撮ろう」という企画である。 昨今ヨーロッパでZ8はユーズドカー市場でも人気だ。欧州の主要中古車検索サイト「オートスカウト24」には2024年7月1日現在63台が出品されている。最も手頃なものでも13万5500ユーロ(約2351万円)、最も高価なものだと31万7900ユーロ(約5516万円)のプライスタグが付いている。 その日中、赤いZ8の撮影コーナーには多くの列ができていた。脇では勝手にZ8と自撮りしている来場者さえいる。僅か四半世紀前の車だが、早くも名車候補の香りを漂わせていたのであった。 在イタリア ジャーナリスト/コラムニスト/自動車史家 大矢アキオ ロレンツォ/Akio Lorenzo OYA 音大でヴァイオリンを専攻、日本の大学院で比較芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)など著書・訳書多数。シエナ在住。NHKラジオ深夜便ではリポーターとしても活躍中。イタリア自動車歴史協会会員。
文と写真= 大矢アキオ ロレンツォ(Akio Lorenzo OYA) 写真= 大矢麻里(Mari OYA)