家はネズミが運動会、ゴミ出しに疲労困憊――認知症患者ルポ第1弾
◇始まりはほんの些細な違和感だった
「千恵さんの旦那さんは自分で会社を起こした人でね、社長さんだったんだ。千恵さんはその会社で長いこと経理の仕事をしていたんだよ。生け花が趣味で、たしか草月だったかな。東京の先生のところまで毎月習いに行っていてね、そのたびに我が家にもお土産を送ってくれていたんだ」 かつて千恵さんは華道をたしなむ雅な生活をおくる女性だった。二人が何かおかしいと気付いたのはどんなきっかけだったのだろう。 「あれは2018年ごろかな、東京のお土産がパタッと届かなくなったんだよ。だけど『もう名物くれないんですか』ってこちらから聞くのも変だしね。年賀状や手紙を出してもそれまで来てた返事が全然来なくなっちゃったんだ。電話をかけても会話がかみ合わないし、そのうちガチャンと一方的に切られてしまうようになってね。日ごろから頻繁に行き来する仲ではなかったけれど、ときどき様子を見に行くようになったんだよ。それで、いよいよこれは……と感じるようになったのはコロナがはやり始めた頃だから2020年だね」 危機感を覚えた二人は千恵さんの自宅を訪れ、何かあったときに連絡が取れるようにと手を打った。新しい固定電話機を購入して千恵さんの自宅に設置し、緊急連絡先として健一さんや健一さんの兄弟の電話番号を登録したほか、部屋の壁にも大きく電話番号を書いた紙を貼った。それから少しして、これらが役に立つ日がやってきた。地域の見回りをしていた地域包括支援センター*のスタッフから「千恵さんの様子がおかしい」と連絡が入ったのだ。 *地域包括支援センター:介護保険法に基づき市町村が設置する施設で、ブランチを含め全国に約7400か所ある(2023年4月末時点)。保健師、社会福祉士、主任介護支援専門員などが配置され、介護予防ケアプランの作成や必要な医療・介護サービスへの連携などを行う。
◇ゴミ出しに委任状が必要なんて……
それから、健一さんと美智子さんの生活は一変した。 「千恵さんは旦那さんが亡くなっていて、子どももいなかったから、親族は私(健一さん)と私の兄弟しかいないんだよ。兄弟の中では私が一番若いし、幸いまだ元気で動けるからね」 二人ともすでに退職していたものの、近くに住む孫の世話を手伝ったり、趣味のサークルに出かけたりと何かと忙しい日々を送っていた。そこに千恵さんのケアが加わったのだ。しかも、千恵さんの自宅は健一さんと美智子さんの自宅から高速道路を使っても片道2時間程度かかる。 「2022年頃からかしら、しっかりマスクをして行ってたから。とりあえず家のゴミを何とかしないといけないから、毎週のように千恵さんの家に通って片づけをしたの。最初は家にも上げてもらえなかったけどなんとか説得してね。片づけのたびに大きなゴミ袋が20個以上パンパンになってしまうのよ。車で清掃センターに持っていくんだけれど、私たちは市川市に住んでるわけではないから最初は断られちゃったの」 清掃センターは原則としてその市区町村の住民が排出するゴミを処分する目的で設置されているため、ほかの地域からの持ち込みや他人の出したゴミを代理で持ち込むことは認められていない。 「仕方ないから、千恵さんをなだめすかして清掃センターに連れて行って、委任状を書いてもらったのよ。“千恵さんが出したゴミの搬入を健一さんに委任します”っていう書類。まさかゴミを出すためにこんなに苦労するとは想像もしてなかったわ」 ため息をつきながら美智子さんは語った。しかし、これはほんの序章に過ぎなかったのだ。 次回、連載第3回「ご近所突撃で警察沙汰に、でも施設なんて絶対イヤ――認知症患者ルポ第2弾」は1月上旬公開予定です。
メディカルノート