忘れたくても忘れられない…私たちが抱えるコロナ禍のトラウマとは
集団的な回避行動
トラウマを専門とする心理学者のエマ・スヴァンベリ博士によると、アレクサンドラが抱いている孤独感は国全体に広がっている。「私は人々がパンデミックを乗り越えたとは思っていません。私たちはパンデミックから抜け出せずにいます」 「慢性的なストレスが長期的に続くと、私たちは“フリーズ”状態に入ることがあります。フリーズ状態では、表面上は正常に機能しているように見えますが、エネルギーの大半が最低限の活動を続けるために使われてしまいます。私たちがフリーズ状態に入るのは、自分の身に起きていることを処理できない(十分なサポートがなく安心できないと感じている)からとされています」 トラウマは曖昧な頻出用語。PTSDと複雑性PTSD(急な出来事ではなく、長期的あるいは慢性的なトラウマによって引き起こされるPTSD)は、英国民保険サービスNHSが認めた診断名ではあるものの、その広義の定義は明確に決まっていない。イギリス版ウィメンズヘルスが話を聞いたメンタルヘルスの専門家たちの認識は、「トラウマ=自分の対処能力を圧倒するような状況に対する反応」ということで何となく一致しているけれど、スヴァンベリ博士は次の点を強調している。 「パンデミックを“慢性ストレス”と呼ぶべきか、“集団的トラウマ”と呼ぶべきかについては臨床医の間でも意見が分かれていますが、私は間違いなく“集団的トラウマ”だと思っています。そして、この集団的トラウマの影響はいまも波及し続けています」 その根拠は? 「トラウマ体験は、自分自身や自分の大切な人の安全が脅かされる体験と定義されています。多くの人には(パンデミックで)強い恐怖を感じた鮮明な記憶があります。予期せぬ健康被害、別離、喪失という急性のトラウマ体験をした人も多いでしょう。そして、私たちの自意識や、自分の人生を自分でコントロールしているという感覚、世界は安全な場所という認識が何度も“脅威”にさらされました。ニュースを見聞きすることで、二次的なトラウマ体験をしている可能性もあります」 スヴァンベリ博士によると、人々がこぞってパンデミックの話を避けたがるのは、それが集団的トラウマであることを示す大きなサイン。PPEスキャンダル(英国の上院議員がコロナ禍に医療用防護具PPEで多額の利益を上げていた)に関するニュースを飛ばしたり、友達と2020年を思い出させるような話になったら話題を変えたりするのは回避のいい例。「トラウマの主な症状の1つは回避です。これは非常に人間らしい反応です。一部の思い出は振り返るのが辛いですから」 「また、これは恐らく現代の経済モデル(国民を労働と消費に戻らせないと困るモデル)のせいでしょうが、私たちは政界のエリート層から、パンデミックの記憶に蓋をするように仕向けられています」。この集団的回避には文化的な要素も関係している。イギリスには“stiff upper lip”ということわざ(意味:困難な状況に置かれたときこそ上唇を噛んで平然としていなさい)があるけれど、「これは明らかな回避の例です」 また、この記事を書くためにウィメンズヘルスが話を聞いた多くの女性は、ワクチンの開発競争が勃発し、マスクの着用が義務化されていた時代の記憶が曖昧、もしくは不完全だった。「トラウマの存在を示す症状の1つは“記憶の断片化”で、記憶が不完全になったり、時系列がバラバラになったりします」。スヴァンベリ博士によると、記憶の断片化が起こるのは、コロナ禍のようにストレスレベルが非常に高い状態では、体験が通常通りに処理されないから。 「私が話した人の多くは過去4年間の記憶が断片的でした。これは、その人たちに何らかの心的外傷後ストレス障害の症状があることを示しています」。この点は各国の研究でも証明され始めており、昨年発表されたオランダの研究では、2023年に治療されたPTSDの症例の半数がコロナ禍の体験に関連していることが判明した。