『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第3話 その3】毒殺は世界の暗殺史でもっともポピュラーなものだった
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第3話 その3】を特別公開します。
■ 三人目の殺し屋:Matsuoka Shun(32)
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の主人公はクセの強い4人の殺し屋たち。第1話のキラーエリート・ヒロシ、第2話の空蝉(こっさん)こと山田正義に次ぐ三人目の殺し屋、Shunが登場。
毒殺は世界の暗殺史でもっともポピュラーなものだった
カルバン・クラインのデニムのセットアップ。バレンシアガのスニーカーで成田空港に急いだ。今回の標的は、ジャン=ルイ・ハネケ。世界でいちばん有名なグルメ評論家。別名「殺したいグルメ評論家第一位」だ。三つ星レストランであろうと、彼が『Le Monde』に「ブタのエサのほうがマシ」と書いたら、翌週にはCLOSEの看板が掛かると言われている。自分のほうがブタのように太っているにもかかわらずだ。これまで世界中の名だたるレストランから恨まれてきた。遂に裁きのときがきたのだ。 エージェントの意図はこうだ。 ── ジャン=ルイ・ハネケの機内食に毒を盛れ。 ジャン=ルイ・ハネケが食べるものは二年先まで決まっている。しかし彼でも店を選べないときがある。機内食だ。昨今、日本の航空会社は老舗の料亭と契約して、ファーストクラスの客相手に名店の味を提供している。 とはいえ旅客機に一流シェフが搭乗しているわけではないし、一万メートル上空で調理場はもちろん、ガスコンロも使えるわけがない。よって作り置きの食い物になる。世界的権威のグルマン様も我慢して胃袋に収める。「食い物に毒を混ぜて殺す」というリクエストは、ジャン=ルイ・ハネケに泣かされたレストラン関係者が依頼したものだ。ひとりやふたりでなく、大勢で募ったものかもしれない。
毒殺は世界の暗殺史でもっともポピュラーなものだった。それが十七世紀に入ったあたりから持ち運び便利な銃が流通するようになると、誰でもお手軽に人を殺せるようになった。 近年、毒殺が脚光を浴びる事件があった。クアラルンプール国際空港で、北朝鮮の第二代最高指導者金正日の長男、金正男がVXガスで殺された。女性ふたりからVXを塗った布で顔面を拭かれた正男は、自分の足でターミナル内のクリニックに向かったものの、直後に口から血と泡を吹いて絶命した。 気晴らしにパリの空気でも吸ってこいというドランの優しさに感謝したい。片道切符なのが気に障ったが。 搭乗手続きを済ませる間際、ジャン=ルイ・ハネケの姿を見つけた。むかし週刊女性で見たときより太っていた。搭乗手続きのアナウンスが聞こえる。そのときだった。スマホが鳴った。 「もしもし、Shunさんですか」 REIくんだった。 「あした、お話ししたいことがあるんですけど、Shunさんのご都合はいかがでしょうか」