『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第3話 その3】毒殺は世界の暗殺史でもっともポピュラーなものだった
僕の作った毒物は無臭のため、少しもビビることはない
おいら今から機上の人で、あしたからしばらくフランスです。他の相手だったら誘いを無下に断っ ていただろう。しかし電話の主は他ならぬREIくんなのだ。 「OK、OK。あしたの七時ね。場所はうちでいいかな」 「なんかお忙しそうな感じがしますけど」 「OK、OK。さっさっと済ませるから」 チェックインカウンターのショーウインドウ越しに、東京発パリ行きのJAL JL45便を睨んだ。
どうすればいいのか。ファーストクラスのフードはとっくに旅客機に積まれている。てことは、一度は僕も乗り込まなければならない。セキュリティチェックと税関手続き、出国審査を抜けてゲートを潜る。僕の作った毒物は無臭のため、少しもビビることはない。当たり前のようにファーストクラス向けのドアを潜ろうとしたらスタッフに呼び止められた。 「お客様、今しばらくお待ち下さい」 なんてこった。能天気にも気付かなかった。 ファーストクラスは通常、コックピットのすぐ後ろ。旅客機前方の数席しかない。ビジネスクラスを挟み、その他大勢のエコノミーが旅客機の大半を占める。エコノミーにしか座れない安い客は、金持ちファーストに紛れないよう、CAが常に目を光らせている。新幹線のように、自由席の客が誤魔化してグリーン席に腰を下ろすことは不可能。ファーストクラスの機内食のギャレーも前方に位置する。そこまでどうやって潜り込めというのか。 ドランの奴め。
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補。12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。13年『タモリ論』がベストセラー。他の著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『無法の世界』、エッセー『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。
文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/稲田一生 編集/森本 泉(Web LEON)