「孤独・男性・中年」無差別殺傷事件に共通するキーワード “不審者”監視システムの功罪とは
こうした予防的な対応の必要性は、何も防犯絡みだけではない。このシステムでは、「困っている」だけの人でも感情が大きく動けば「赤枠」が表示される。あるコンビニエンスストアでの事例では、「赤枠」が表示された高齢男性に店員が声をかけると、孫にチケットの引き取りを頼まれたものの、どうしたらいいかわからず困り果てていたことがあったという。 「もちろん、このシステムで得られたデータは本人にとって不利なものになりかねないので、一定期間保存しても速やかに廃棄するなどの取り決めが必要です。人権に配慮した上で、事件を未然に防いだり、困っている人を助けたりするのに役立ててほしいですね」
立正大学教授 小宮信夫さん「自爆テロ型は防げないが」
警察庁は特定組織に属さない単独犯を「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」と呼称し始めている。代表例とされるのは、安倍晋三元首相銃撃事件や岸田文雄首相襲撃事件の加害者だ。テロ対策に力を入れてきた米国では、FBI(連邦捜査局)が「ローンオフェンダーテロリズム」として長く警戒し、犯罪記録や各種情報からこうした人物を割り出す予測システムも導入している。では、日本でもそうしたシステムは導入されるのか。立正大学文学部で犯罪学を講じる小宮信夫教授は、まずローンオフェンダーという言葉の定義から説明を始める。
「一つはっきりさせておきたいのはローンオフェンダーという名称です。もともとローンウルフ(一匹狼)と呼ばれていましたが、ローンウルフは(イスラム原理主義の過激派組織)『アルカイダ』や『イスラム国』などの構成員でもなく、指示も受けていないのに、思想的に共鳴してテロを起こす単独犯のことを指していました。しかし、日本での事件、例えば安倍元首相銃撃事件や岸田首相襲撃事件の加害者は何かの過激派組織に共鳴して事件を起こしたわけではありません。つまり、日本で発生したほとんどすべての犯罪はローンオフェンダーが起こしたものではないのです。単なる単独犯によるものと言えます」 その上で、日本に米国のような予測システムが導入される可能性は低いとの見解を示す。理由の一つは、AIが学習するであろう日本の警察データには、定義のはっきりしない「不審者情報」が含まれているからだという。 「不審者情報には、中高年の男に声をかけられた、駅までの道を聞かれた、変な格好の人がいたなど、主観でしかない『事案』が大量に含まれています。明確に犯罪と規定できる情報ではないのです。これではいくらデータを集めても、犯罪の予測や予防は難しい。質の高いAIのアルゴリズムがあっても、データの質が悪ければ使い物にならないからです。それどころか外見や振る舞いが普通と異なる人に対する偏見を助長して、排除のスイッチを押すシステムになる可能性もあります」