海の王者シャチの狩りを船の騒音が邪魔している、メスが狩りを「放棄」、北太平洋
シャチの性別がどう関係しているのか?
騒音に対するメスの反応は、シャチの群れ全体を苦しめる可能性がある。 「メスが獲物の調達で極めて重要な役割を果たしてきたことを考えると、これは憂慮すべきことです」とテネセン氏は話す。メスはまだ弱い子どもに餌を与えて世話をするため、群れの回復にはメスの健康が不可欠だ。 「(メスが)良い状態でなければ困ります」とテネセン氏は断言する。「メスに採餌をやめさせてはいけません。メスが魚を捕まえて分け与える必要がありますが、騒音はメスに真逆の影響を与えています」 この騒音が響く状況で、メスが獲物を追う意欲を低下させているように見える理由は不明だ。しかし、テネセン氏は理由の一つとして、子どもから離れている時間を「最小限かつ最適」にする必要があるのかもしれないと考えている。 魚を捕まえられる可能性が、深い潜水に費やすエネルギーを上回る必要がある。狩りが成功する可能性が低い場合、メスは子どもの世話や誘導、船との衝突回避などに専念するのかもしれない。 より良いチャンスが確実に巡ってくるのであれば、狩りを延期することは理にかなっているとテネセン氏は話す。「30分後により良いチャンスが来るとわかっているのに、なぜ今エネルギーを無駄遣いする必要があるのでしょう?」 米国ワシントン州とカナダ、ブリティッシュ・コロンビア州南西部が面するセイリッシュ海は、船舶の往来が激しいため、この海域で夏を過ごす南の定住型にとっては、そうしたメスの戦略はうまくいかない可能性がある。
問題だが解決はしやすい?
南の定住型は、米国の絶滅危惧種法(ESA)の対象に指定されており、73または74頭しか残されていない。北の定住型は数こそ多いが、カナダの法律では依然として絶滅危惧種に指定されている。定住型の主食であるサケも、水質汚染や、淡水生息地の温暖化、遡上(そじょう)の妨害など、さまざまな難題に直面している。 この海域では、低周波の背景雑音が頻繁に100デシベルを超える。どの程度の音量になるとうるさすぎるのかについて、研究者や政策立案者はまだ合意に至っていないが、これは明らかに悪影響を及ぼすレベルだ。 驚くことに、査読前の研究によれば、南の定住型の重要な生息地を通過する船のうち、最も大きな音を立てる15%が、船の騒音の半分以上を発生させているようだ。 騒音についてテネセン氏は慢性的な問題と捉えているが、魚の減少や海の汚染に比べると解決しやすいかもしれない。船が減速すれば、騒音は減るためだ。幸い、カナダと米国の政府組織や非政府組織の指導により、一部の船舶は減速を受け入れ始めている。 プロペラ技術のイノベーションも起きているようだ。例えば、米シャロー・マリン社のプロペラは、より静かなドローン用プロペラの設計を取り入れている。より効率的で静かな船舶用プロペラという主張が本当であれば、燃料の節約と騒音の低減にとって朗報かもしれない。 テネセン氏によれば、船の騒音の増加は世界中の海で問題になっている。「騒音が野生生物に与えている影響をようやく測定できました。そして、その影響はいくつもあることがわかり始めています」
文=Michelle Martin/訳=米井香織