「介護や看取りをすれば多く相続できる」と思うな!「痴漢冤罪より怖い」相続トラブルの新事情
相続税対策の危険性
瀬木遺産分割や遺留分侵害関係はもちろんですが、それ以外にも「1.夫の相続財産の大半が自宅である場合、子どもたちが法定相続分を主張したら妻は自宅に住み続けられるとは限らない(配偶者居住権の問題)」、「2.相続債務を免れるためには、遺産(積極財産)をもらわないだけでは足りず、相続放棄が必要だが、これをなしうる期間は限られる」「3.遺言の方式は厳格であり、また、遺留分を侵害しない工夫や対策が必要」、「4.しかし、公正証書遺言が裁判で無効と判断される例が結構ある」、などのことは、いずれも大きなトラブルの原因となる事柄であり、正確な予防法学的知識が必要といえます。 ―― 「公正証書遺言」でさえ無効になる場合があるのですか? 瀬木高齢者がこれを行った場合(遺言がなされる多くの場合)に、遺言者が「意思能力」を欠いていたとして裁判で無効と判断される例は、結構あります。 公証人は、遺言者との会話等によって、遺言能力があるのか、本当にこの内容の遺言をしたいのかなどの事柄を問いただすべきなのですが、公証人によっては、遺言者に意思能力があるか否かが怪しいのに公正証書を作成してしまう例があるのです。 また、認知障害が出始めてから、周囲が、「さあ大変だ。作ってもらっておかなくちゃ」とあわてることは多いです。そして、中には、「ちょうどいいから、自分に有利なものを作らせてしまおう」と考えるような人も出てくるわけです。 ですから、事実上約束されてきた内容の遺言を公正証書にしてもらいたいと考える人は、遠慮しないで早めに作ってもらうべきですね。 ―― 最近、最高裁で、タワーマンションを使った相続税対策が違法とされました。先生は。こうした相続税対策について、どう思われますか? 瀬木私自身は、合法的な節税はもちろん否定しませんが、基本的には、税金は払うべきだという考えです。その上で、政治家と官僚による無駄遣い、たとえば、政治や社会のあり方までゆがめる天下りや票集めのためのバラマキについては、徹底的に批判してやめさせ、また、税負担については、弱者への配慮を前提としつつも、公平、公正を徹底させるべきだと思います。 そのことはおくとしても、いわゆる相続税対策には、「1.リスクの高いスキームの可能性(例:バブル経済崩壊後に訴訟の非常に多かった「相続税対策としての融資一体型変額保険」。自宅を失う人や自殺者も出た)、 「2. 節税と脱税の境界はきわめて不明確(例:上記の、タワーマンションを使った相続税対策)」、「3.一次相続と二次相続の選択についてもよく考えるべき(例:妻が長期間ハイレヴェルの老人ホームに入っているとその財産が底をついてしまう例がある)」などの危険性もあります。 つまり、こうした方法も、法的な知識を踏まえて、かつ、より大きな老後人生設計の中で、考えるべきなのです。 ―― 本章の「『相続税対策』の落とし穴」は、裁判官・学者として、理論と実務の双方をきわめた先生ならではの「意表を突くが、いわれてみればそのとおり」の指摘ですね。自分自身の問題としても、よく考えてみたいです。 瀬木『我が身を守る法律知識』は、以前のインタビューでもふれたとおり、「1.たとえば定評のある総合家庭医学書のコンパクトな法律版ともいえるような実用性を備える」とともに、「2.読者に、法に関するリテラシーやヴィジョンを身につけていただくこと」をも、目的としています。それは、各分野の予防法学的知識に加えて後者のようなリテラシーやヴィジョンがあれば、法的な意味における「個人としての危機管理」が、仕事や生活を含む人生のさまざまな局面で、可能になるからなのです。 元エリート判事にして法学の権威として知られる瀬木比呂志氏の新作、『現代日本人の法意識』が刊行されます。 「同性婚は認められるべきか?」「共同親権は適切か?」「冤罪を生み続ける『人質司法』はこのままでよいのか?」「死刑制度は許されるのか?」「なぜ、日本の政治と制度は、こんなにもひどいままなのか?」「なぜ、日本は、長期の停滞と混迷から抜け出せないのか?」 これら難問を解き明かす共通の「鍵」は、日本人が意識していない自らの「法意識」にあります。法と社会、理論と実務を知り尽くした瀬木氏が日本人の深層心理に迫ります。
瀬木 比呂志(明治大学教授・元裁判官)