「介護や看取りをすれば多く相続できる」と思うな!「痴漢冤罪より怖い」相続トラブルの新事情
痴漢冤罪より怖い?相続の「魔」
―― うわあ、それはえらいことですねえ! 前回お聴きした痴漢冤罪も「怖い」と思いましたが、相続だって、「十分に怖い」んですね。 瀬木そのとおりです。 普通の妻と子、兄弟姉妹等でもかなりの割合で巻き込まれる、巻き込まれたら延々と争いが続いて相互に気まずい関係になることが多いという点については、痴漢冤罪より怖いかもしれませんね。 私の記憶している最も大きな遺留分侵害関係事件の一つでは、延々と細かな条項の続く和解の話がようやくまとまった直後に、遺品の一つである大きなガラス工芸品の引渡しにつき、「一方が取りに行くのか。それとも他方が届けるのか」という隅の隅の話からまた激烈な言い争いになり、あやうく和解が壊れそうになったことがありました。こうした場合には双方の弁護士が責任をもって受け渡しをすればそれですむのですが、弁護士たちまでが、激高し、当事者とともに口論を始める有様でした。 ―― 弁護士までがですか? 瀬木弁護士は、当事者のために闘いつつも、その背後では当事者と一定の距離を取って事案を見詰めるクールな視点を保つことが必要なのです。そうでないと、致命的な判断ミスをしかねません。 しかし、親族・相続紛争では、弁護士にそのような視点がなく、右のように当事者と完全に一体化してしまっている例も時にみられるのです。 親族・相続紛争には、弁護士をもそうした方向に導きかねない「魔」の要素を含むものがあるのは事実です。でも、弁護士の選択に当たっては、こうした点にも注意したほうがいいでしょうね。よりストレートにいえば、「感情的になっていると激しい性格の弁護士を選択しやすいが、それがかえって裏目に出る場合もある」ということです。 ―― 『我が身を守る法律知識』は、相当にレベルの高い内容を、わかりやすく、正確に、かつコンパクトにまとめた素晴らしい作品ですが、「相続」のパートだけはやや難しく感じました。さすがの瀬木先生でも、相続をやさしく説くのは難しい? 瀬木この相続の章46頁にかけた時間は膨大なもので、長大な専門論文が一本書ける以上の時間がかかっています。家族法学者の友人の意見も聴きましたし、やはり友人である元家裁のエキスパートとは、何度も議論を重ねました。 編集者も、「これはほとんど無理難題すが、遺産分割と遺留分侵害額請求の全体についても、普通の人がきちんと読めば『わかる』というところまで工夫、整理してお書きください」と言うので、何度推敲を重ねたかわかりません。 ―― 瀬木先生は相続パートの出来栄えにかなりの手応えを感じられており、相続の章が『我が身を守る法律知識』の最大のセールスポイントともおっしゃっていますが、その理由は? 瀬木先のような、普通の新書ではまず書きえないレヴェルの内容についてまで、少なくとも、熟読あるいは再読していただければわかるように書いた、ということだと思います。 率直にいえば、弁護士等による一般向けの書物はもちろん、家族法の教科書でも、こうした内容をここまでわかりやすく、かつ正確にまとめた、語ったものはあまりないのではと思っています。 ―― はい。それは全くそのとおりだと思います。普通、この中のごく一部のことについてネットに延々と書いてあっても、正確にわかったという感じはしません。 でも、『我が身を守る法律知識』では、私も、熟読し、部分的には再読もすれば、遺産分割や遺留分侵害額請求の複雑な事例解説まで、ちゃんと理解できましたから。元々非常に難しいことをここまで「複雑明解」に説かれるというのは、やはり、これまでの一般書同様、瀬木先生ならではですね。 瀬木法的トラブルや危険の予防・回避のためには、最低限の法律知識が絶対に必要なのですが、相続パートは普通の市民には難解で、質の高い一般向け解説書はほとんどないのです。 『我が身を守る法律知識』のこの章は、さっきも言ったとおり新書46頁という短い分量ではありますが、相続法の「肝」といえる部分は、すべて、正確に、コンパクトに、かつできる限りわかりやすくまとめています。 たとえ、現時点ではこの内容のすべてまでは十分に理解できなくとも、概要だけでも頭に入れておけば、相続に関する種々の注意事項やトラブル回避法はわかるはずですし、また、たとえ紛争になった場合でも、あわてなくてすむはずです。つまり、該当部分を再読していただければ、どう対処すべきかがわかるはずです。 ほかの章よりは確かに難しいけれども、以上のような意味でいうなら、本書の中でも最大の目玉かと思います。 ―― 確かに、大学の家族法の講義でもよくわからなかった部分の理屈もわかりましたし、最近行われた「相続法大改正」の具体的な内容や意味も、よくわかりました。 そういう意味では、市民のみならず、相続にからんだ仕事をするビジネスパースンや広義の法律家、あるいは学生等にとっても、有用な記述だと思います。 ところで、前のインタビューでうかがった、使用貸借がらみのトラブルと同様に、肉親の間の「骨肉の争い」は、本当にややこしそうですね。相続でありがちなトラブルにはどのようなものがあり、どう避けるべきなのでしょうか?