「介護や看取りをすれば多く相続できる」と思うな!「痴漢冤罪より怖い」相続トラブルの新事情
裁判官として1万件超の事案を扱ってきた大学教授・瀬木比呂志さんが、人生でいつ遭遇するかわからないあらゆる法的トラブルへの予防法をまとめた『我が身を守る法律知識』が話題だ。 【写真】なんと現代日本人の「法リテラシー」は江戸時代の庶民よりも低かった? 瀬木さんは、人生でもっとも怖ろしい法的トラブルは「相続問題」だという。どう怖ろしいのか。いかに備えるべきか。瀬木さんにお話を伺った。
「遺留分」の計算は超絶面倒!
―― 最近は、ビジネス誌や一般の週刊誌が「相続」に関する特集記事を組むことが非常に多くなりました。超高齢化社会ならではという印象もありますが、やはり、相続がらみの法律紛争が増えているのでしょうか? 瀬木社会の変化と高齢化に伴い、相続紛争は、「激増」しています。家裁に持ち込まれる事件もそうですが、そこまではゆかないが相当にもめる、あるいは兄弟姉妹絶縁のきっかけになるという事案まで含めると、昔とは比較にならない数字だと思います。 また、近年の傾向として、残された自宅が大都市圏にあるだけでも争いになる、あるいは数百万円の金融資産があるだけでも争いになるといった、かつては考えられなかったような紛争形態の割合も、増加しているのです。 ―― 日本では、最後に親の介護や看取りを行った肉親が、相続でもそれなりに手厚く遇されることに誰もが納得しており、したがって、肉親の間で泥沼の法廷闘争にまで発展することは、少なかったように思うのですが……? 私の考え方は、古いのでしょうか? 瀬木はい、古いようですね(笑)。そのような認識は、おそらく、数十年前までの世界についてのものです。 これは、一つには、人々の権利意識の高まりの結果といえます。しかし、それに加えて、「特定の子ないしその家族が親の面倒を最後まで親身にみ、それに相当の労力やお金も使ったような場合には、相続財産が限られていればその子に相続させる」という暗黙の了解が崩れてきた、つまり、ほかの子らの一部が「もらえるものはきっちりもらいたい」と主張した場合には、当事者による解決はできなくなってきた、という事情も大きいと思います。 そして、相続にまつわる事情はそれこそ千差万別ですから、最後は、法律以外にそれを規整する手段はありません。 ―― 民法には法定相続に関する細かい規定があって、これを機械的に適用して考えれば、家裁の裁判に発展するまでこじれることもないように思うのですが……? 瀬木それが、そう簡単ではないのです。相続法の解釈というのは、非常に難しい部分が多いのです。 『我が身を守る法律知識』は、情報量からいえば各章がそれぞれ一冊の本にできるほどのものを含んでいることが多いのですが、相続は特にそういえます。 遺産分割といっても、「1.相続人や遺産の範囲の確定、遺言が有効か無効かの確定」から始まる例もあります(以上については、地裁の訴訟が必要。その間家裁の遺産分割は事実上中断)。 また、そうした争いがなくても、「2.遺産の価額の確定」「3.生前贈与の持戻しと寄与分の控除(「みなし相続財産額」の算出)」、「4.「具体的相続分額、具体的相続分率」の算出と最終的に各相続人に分割される相続財産額あるいはその共有割合の算出」、「5.不動産等分割できない財産がある場合(実際にはこの場合が大半)における共有関係の解消」、といった、面倒な評価や計算、話合いが必要なのです。 また、遺産分割以外の大きな紛争形態として、「遺留分」(兄弟姉妹を除く法定相続人につき、被相続人の財産から法律上取得することの保障されている最低限の取り分)の侵害額請求があります。この訴訟も地裁になりますが、これは、裁判官にとっても最も気の重い、細かくてかつ当事者どうしの憎悪が異様に激しい事件の典型なのです。さらに、遺留分の計算は、さほど複雑ではない事実関係の事案でも、超絶的に面倒になることがありますからね。