レトロとはいわせないアルピーヌBEV化の斬り込み隊長|ル・マンでデビューしたA290市販版があれこれ眩しい!
ミニやフィアット500eならびにアバルト500eなど、偉大なるオリジナルの面影を再解釈してゼロエミッション・ヴィークル、つまりBEV(バッテリーEV)として2020年代半ばの今、再び生まれ変わったかのようなスモールカーは少なくない。元来、進歩主義の気が強過ぎて、いささか勇み足の「アヴァンギャルド」は自画自賛気味に好むけれども、レトロというカードだけは切りたくても切らなかったフランス車メーカーが、満を持して切った。それが「アルピーヌA290」といえるだろう。 【画像】日本導入が待ち遠しい!アルピーヌが満を持して送り出したA290(写真19点) オリジナルはもちろん、初代の縦置きFFのルノー5(サンク)、俗に「R5」と表記される前期型サンク・シリーズの中でもホットハッチと位置づけられた「ルノー5アルピーヌ」だ。ミドシップでグループBのホモロゲ・マシンだった5ターボI、IIほど過激ではない「民生用スポーツ」で、「A5」の独特のグラフィックやフロントバンパー下部に埋め込まれたフォグランプなどが印象的だった。 しかしA290は、ラリーの競技車両がフォグランプにテープを張った姿にインスパイアされつつ、現行A110に近い配置の4灯マスクを採用した。むしろ適度にフラッシュサーフェス化されたエクステリアは、数カ月前に鬼籍に入ったガンディーニの手でリファインされた横置きFFのシュペール・サンクを彷彿させる。ブリスター気味の前後フェンダーもシュペール世代のGTターボに近いものがあるが、よく見ればリアドアのフェンダー前辺りには5ターボIのエアインテークのようなプレスラインさえ認められる。これらは3月に先行発表されたルノー5 E-テックにはない意匠で、しかも5E-テックの全幅1774㎜に対し、A290は1820㎜と+46㎜もワイド化されているのだ。 インテリアも、ダッシュボード周りのブロックを積み上げたような意匠は、どことなく1980年代レトロフューチャーといった趣で、分厚くもスポーティなシート形状もあの時代を彷彿させる。だが一方で「GTS」に見られるような、ブルーとオフホワイトのツートンでアームレストのステッチまでスキなく仕上げられたレザー内装は、Bセグメントの枠組みを超えたハイエンドGTの世界観を漂わせる。やはりただのスモールカーではないのだ。 実際、A290はルノー5 E-テックよりもアジリティ重視のハンドリングマシンを目指す方向で、AmpRスモールという同じプラットフォームを用いつつも、「スケートボード・プラットフォーム」と開発チームが(ロングボードに対して)呼ぶところの、大幅なワイドトレッド化・低重心化を実現している。いわば「昔の名」である往年の「5アルピーヌ」のリバイバルではなく、あくまで今からこの先「アルピーヌ」であることを主張しているのだ。 前輪駆動ながら前後重量配分は57:43で、車両重量は1479㎏(欧州発表値)。電動モーターのトルクと出力は300Nm・160kW(220ps、いずれも「GTパフォーマンス」と「GTS」の数値)で、0-100㎞/hは6.4秒。LFPバッテリー容量は52kWhでWLTPモードの最大航続距離は380㎞としている。充電スピードについてはACが11Kw、DCの急速充電側は100kW対応としているため、15分で150㎞走行分をリチャージできるとしている。CHAdeMO対応はこれからだが、同じぐらいの能力は実現できるはずとのことだ。しかもA290のOBC(オンボードチャージャー)は双方向式で、V2G(ヴィークル・トゥ・グリッド)やV2L(ヴィークル・トゥ・ロード)にも対応しているため、日本のV2H(ヴィークル・トゥ・ホーム)機器にも対応できる可能性は高い。 だがA290をただの電気自動車ではなく、アルピーヌの一台にならしめるのは、やはりハンドリングで、A290はミシュランとの共同開発によって19インチの標準タイヤを何と3種類も用意してきた。グリップと寿命と航続距離のバランスを最適化した「パイロットスポーツEV」と、パフォーマンスを引き出す方向により特化した「パイロットスポーツS5」というふたつのサマータイヤ、そして「パイロットスポーツアルパイン5」という寒冷または氷雪路を重視したウィンタータイヤだ。さらに低重心化と1.5トンに満たない車重によってダンパー&スプリングは締め上げる必要がなくなったという。かくしてプログレッシブな減衰特性が可能になるハイドロ―リック・バンプ・ストッパー、つまり専用のダンパー・イン・ダンパーを備えつつ、リアにはフラットボトム化や高速コーナーで有利なマルチリンク式サスペンションを採用している。加えてブレーキはバイワイヤ・システムを採用し、回生による減速ブレーキとペダルから圧で伝わる制動力の差を、徹底して自然なものにしているという。 ステアリングホイール上には、右親指位置にあって長押しすると10秒間だけ最大出力を発揮できる赤のOV(オーバーテイク)ボタンがある。またSave/Normal/Sport/Personalという4つのドライブモードに合わせて、操舵アシスト量やスロットルの反応、室内照明や‘アルピーヌ・ドライブ・サウンド’の制御がそれぞれに変化する。もちろんADASも最新鋭で細かく機能の組み合わせを設定することが可能という。 ちなみに‘アルピーヌ・ドライブ・サウンド’とは、フランスの音響メーカー、ドゥヴィアレと共同開発した走行音再生システムで、エンジンの排気音に似せて作られたフェイクの音ではなく、電動モーターが走行中に発する周波数やピッチを増幅して、ドライバーに走行情報として伝える仕組みだ。再生できるサウンドは2種類、‘アルピーヌ・サウンド’と‘オルタナティブ・サウンド’がある。実際にワークショップで聴いた限り、飛行機のレシプロエンジンとジェットエンジンの中間のようなトーンで、前者の方が低音域をもち上げて歯切れのいい音質、後者の方が耳障りでない程度に中高周波寄りという印象だ。ドゥヴィアレは20㎝径サブウーファーを含む9つのスピーカーと615Wアンプのオーディオシステムをも供給しており、A290が備える様々なデジタル・エクスペリエンスの重要なゲートウェイのひとつとなっている。 アルピーヌと名のつく車が乗り手を夢中にさせるものといえば、もちろんドライビングで、まず正面のメーターパネルパワーとリチャージ、速度とGPS情報による制限速度など、相対する要素が2ダイヤル気味に並べられた見やすい表示だ。こちらと巧みに繋げられ、ドライバー側に傾けられた10.25インチのディスプレイには、ドライビングへのイマーシブ効果を高めるツールとして、高度なインフォテイメント&テレメトリーシステムが奢られている。インフォテイメントはグーグル・ネイティブで、ナビゲーションの経路探索はバッテリー残量や急速充電ステーションなどの位置をも勘案したアルゴリズムとなっている。要は、どこでどのぐらい充電しないと着かない、何時ぐらいになりそう、といった心配事は車任せになるのだ。またテレメトリー機能として、前後左右にかかっているGやバッテリー、ブレーキの温度などをリアルタイムでモニターできる「ライブモード」に加え、ドライビングスキルを向上させる「コーチング」モードも備えている。さらにはeスポーツやゲームの発想で「チャレンジ」モードという、ドライバーの操作、アジリティや出力の使い方、持続性を鍛えるようなエクササイズを各種実行できる機能もある。こちらは完全なクローズドコースでのみ可能なメニューもあるとか。 いずれにせよ、スモールカーとしての使い勝手、BEVとしての物理的な高性能を突き詰めただけではなく、デジタルを活用したインターフェイスやエクスペリエンスで「アルピーヌらしさ」を創出しているのがA290。今後、SUVクロスオーバーGTや2+2クーペ、A110の後継にロードスターなど、BEV時代のアルピーヌのラインナップ拡張第1弾として、注目すべき市販モデルだ。今週末のグッドウッドで初めて太陽の下で走る姿を公開する予定で、欧州では年末からデリバリー開始、価格帯は3万8000ユーロ~という。日本への導入は2026年を目途に検討中だ。 文:南陽一浩 写真:アルピーヌ Words: Kazuhiro NANYO Photography: ALPINE
Octane Japan 編集部