全国模試1位「旭川の神童」率いるチームはなぜ伝説の高校生クイズで敗れたのか?…クイズ王・伊沢拓司を追い詰めた“ある公立校”「その後の物語」
決勝進出は目前…“旭川の神童”が感じた重圧
全国1位の“旭川の神童”にとって、躓く要素などない問題のはずだった。ところが、往々にして勝利の瞬間にこそ、全国大会の魔物は牙を剥く。 「主題の文が完璧に読めてしまった分、どこを答えとして書くのか逡巡してしまったんです」 答えは「冷静であるべき」というシンプルなものだった。一方で、旭川東が出した答えは「そもそも行いは慎み心を落ち着けて行い、よく身を修めて徳を身につけよ」というものだった。素人目に見ても、明らかに冗長である。 解答のキモ自体は旭川東の3人、特に塩越には十分理解できていたはずだった。だが、決勝進出をかけたプレッシャーが、短答での解答を許さなかった。 「なんでしょうね……不安からどんどん文章を足してしまった。勝てると思ったからこそ、大事にいきすぎたというか」 振り返れば旭川東はここまで、常にチャレンジャーの立ち位置で戦ってきた。優勝候補の開成のような超進学校を相手に、下剋上を起こす「神童が率いるナゾの公立高」。それこそが旭川東のキャラクターだったはずだ。 だが、準決勝のこの瞬間、はじめて旭川東は「強者」の立場に立っていた。決勝進出にリーチをかけ、迎えた問題は全国No.1エースの得意科目。普通にやれば勝てないわけがない。だからこそ、そこで初めて向き合う“勝利の恐怖”に、旭川東は打ち勝つことができなかった。
全国の舞台で感じた「普通の公立校の限界」
重綱はこう苦笑する。 「良くも悪くも普通の公立校の限界だったんだと思います。勉強系の問題が塩越頼みだった部分もあるし、開成は大きな大会で何度も修羅場をくぐっている。ウチはそういう大きい大会の経験自体が全然なかったですから。漢文が得意と言っても、超進学校と違ってその『答え方』みたいなものを勉強してはいないわけですしね」 実際に開成のエースだった伊沢拓司は、この土壇場でも「あまり焦った記憶はないんです」と語っていた。それは、多くのクイズ大会のキャリアを通じて得た精神面の強さでもあった。 そしてこの誤答で、それまで旭川東が大会中に掴んでいた“風”が、目に見えてなくなったと重綱は感じたという。 「全くわからないとかじゃない、明らかに取れる問題を落としてしまった。そこで流れを断ち切ってしまった……というのは現場でも感じました」 結局、漢文問題は開成と県立浦和が正答し、旭川東と県立船橋がミス。2問目が終わって4チームが1ポイントで並んだ。そして続く3問目の物理問題を開成が単独正解で突破。残りの1チームを決めるサドンデスがはじまった。 実はこの時点では、開成の伊沢は「決勝の相手は旭川東が来るだろう」と想定していたという。絶対王者にとって、旭川東がそれだけ恐ろしい存在だったことは間違いない。ただ、その実、この瞬間を振り返ると、塩越の頭に浮かぶのは「焦り」の感情だった。 「いつもの判断力や思考能力はなくなっていましたね。勝てるハズの問題を落として、その上でライバルチームに先に抜けられて……『どうしよう、どうしよう』となっている間にサドンデスがはじまってしまった感じでした」 4問目はヒエログリフ(※古代エジプトの象形文字)で書かれた単語を読む問題だった。 「バビロン」と書かれたその問題を最初に答えたのは、旭川東ではなく県立浦和だった。 「ヒエログリフって子音と母音の組み合わせなんですよ。その上で問題文の1文字目と2文字目の子音が同じとか、じゃあエジプトといえばとか、そういう情報や知識はあったはずなんです。だから、普通ならそこから絞り込むことはできていたはずなんですが……やっぱりあの瞬間は、焦りがあったんでしょうね」(塩越) ここまでチームの“裏回し”として流れを作ってきた重綱は、勝ち上がる開成と県立浦和を送り出す瞬間を、こう振り返る。 「『決勝、頑張って! 』ってカッコつけて言ったところまでは覚えているんです。でも、その後、どうやって帰ったかとか、実際の決勝をどこで見たかとか……全然、記憶にないんですよね。多分、悔しすぎて自分の中で記憶が消されているんです」 こうして後の“クイズ王”伊沢が「最も恐れた」北の公立校の夏は、開成との直接対決に辿り着くことなく、あっさりと幕を閉じた。
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