【日本の山は常に死と隣合わせ】林業経営の最大リスクは労働災害、安全への知の結集を
労働安全には創造力が必要
筆者が1985年に営林署長をやっていたころは、まだまだワイヤーロープを使った架線集材による皆伐作業の全盛期で、作業チームが 4 セットあったので、安全に関しては気の休まる時がなかった。架線集材ではワイヤーロープが切れると、即死亡災害につながった。 営林署長というのは、中小企業のおやじみたなもので、結構自由にやりたいことができる面白い職種であったが、事故・怪我だけは勘弁して欲しかった。毎月安全衛生委員会を開いたり、安全点検、現場巡視を頻繁に行っていたが、人間の作業には気の弛みはつきものである。最後は現場で作業する者にゆだねるしかないが、予期できない形態の労働災害もあり、危険予知には相当の想像力が必要だった。 現場職員が、高さ15メートル(m)ぐらいはある崖上に生えた天然ヒノキの直径を計測して戻るとき、つかまった低木が岩から抜けて、一緒に谷底に転落した。頭から落下したが、幸運なことに崖の途中からが突き出していた樹木に接触して半回転し、落下速度も低下して、腰から谷に落ちた。 腰をしたたかに打って重傷であったが、崖の途中の樹木がなければ、そのまま頭から落ちて即死していたに違いない。以後、危険なところには近寄らず、目測で調査しろということになったが、ちょっと予測不能な出来事だった。 林業の現場での1番の問題は、病院などの医療機関までの距離が遠く、蛇行する林道を経由して救急車が往復するには時間がかかりすぎる。この現場では県の防災ヘリの出動を要請した。30分ばかりでヘリが飛来し、危険を冒して谷間にホバリングすると、深い谷底にロープを下げて救助隊員をおろし、被災者を吊り上げてくれた。 10分余りで最寄りの病院まで空輸してくれたから本当にありがたかった。林業では、登山でも同じであるが、被災してから救助、病院への搬送時間まで考慮に入れて、事故の恐ろしさを承知しておくべきである。 森林・林業の仕事に携わっていると、常にこのような危険と隣り合わせである。 また、自然の中での仕事だけに、原因を根絶できないこともある。 朝、伐採搬出のチームがワゴン車で通った林道の上部が、日中に崩壊して、夕方に帰れなくなったこともあった。晴天であり、落石とかの予兆もなかった。ちょうどワゴン車が通っている時だったらと思うとぞっとする。 他署では調査で林内を歩行移動中、突然枯れ木が倒れてきて調査員が下敷きとなり、死亡した事例があった。枯れ木が倒れる確率、調査員が広い林内でそこを通る確率は本当に極わずかでしかない。これほど不運な人はいないと思うが、起きうる事故には違いない。 しかし、林道上から崖をなくすとか、林内から枯れ木をなくすことは不可能である。林業者は、いつも危険と隣り合わせの職場にいるのだ。