【日本の山は常に死と隣合わせ】林業経営の最大リスクは労働災害、安全への知の結集を
林業のアキレス腱は何かと問われれば、躊躇なく労働安全と答える。昭和40年代までは九州や北海道にまだ大規模な炭鉱があり、落盤事故あって多くの炭鉱労働者の命が失われた。それほどまでではないが、林業においても労働災害は多発していた。単発的だったので社会問題までにはならなかったものの、林業経営を圧迫する要因であり、特に超大林業経営体の国有林では深刻であった。 【写真】チェーンソー作業という〝職業病〟
振動障害
残念なことに林業における労働安全は、現在に至るまで最悪である。長大な重量物でしかも自然物であるために形状が個々に違う樹木を、急傾斜地の足場の一定しない山地で取り扱うのだから、あまりに当然なことではある。それどころか山中を歩いているだけでも、常に死と隣り合わせなのが自然というものである。 それに加えて、かつての林業労働者は慢性的な職業病である振動障害に悩まされていた。白蝋(はくろう)病、レイノー病とも言うが、チェーンソーなどによる強い振動によって手指が白化し、痺れ、感覚の鈍化、握力低下、疼痛を生じる。当時の伐木造材作業は出来高制でかつ現在に比べると振動が激しいチェーンソーを長時間使用していたため、官民問わず多くの林業労働者が振動障害に罹患した。 現在ではチェーンソーの性能が向上して振動が軽減されており、防振手袋なども開発されて、振動障害はほとんどなくなったが、当時は社会問題化してその対策に国有林野事業でも精力を傾けていた。 重症者は週に2回休業して通院し、手鋸(てのこ)への切り替えやチェーンソー使用の時間規制、直接手で持たないリモコン・チェーンソーの使用などの対策がとられた。しかし、これによって作業能率が著しく低下したことはやむを得なかった。 根本的治療は難しいが、長期的に温熱療法や運動療法を行うことで症状の緩和を図った。地元の病院への通院のほか、年に数回九州などにあった専門病院での療養なども行われた。当然ながら、これらの対策に多額の治療費がかかり、休業期間も膨大であった。 戦後の林業の急激な展開は、振動障害などの予期せぬ問題に直面することになり、国有林は大企業であるだけに、また国営企業であるがために、当然なことではあるが罹患者への十分な対応と補償が求められた。しかし、民間林業ではこうした対策が不十分な状況も見られ、官民格差が生じることにもなったのである。