犬はいつ人と暮らし始めた?50年ぶり発見、風変わり犬から探るイエイヌ起源
イエイヌの起源に残された大いなるミステリー
さて、自然科学に興味のある方に尋ねてみたい。イエイヌの起源とは「いつ頃」、具体的に「どのように」起こったのだろうか? 犬達ほど街中で一日に何度も見かけることのできる、人間以外の大型動物種は、他になかなかいないのではないだろうか。「自宅で毎日顔を合わせる」という方も多いはずだ。しかし、これだけ身近な存在であるにもかかわらず、イエイヌとは「どこからやってきて」そして「何者なのか」。この生物進化の本質に迫る問いかけ ── その起源と詳細な家畜化の過程 ── には、まだまだ多くの謎が残されている。 例えば、イエイヌは進化上いつ頃、先祖であるハイイロオオカミと枝分かれして「独立した亜種」として出現したのだろうか? 1990年代後半に行われたmDNAのデータによると、13万5,000年前頃、両者が進化上、枝分かれしたというデータが報告されている。いくつか最近の研究(下記参照)は、この年代の推定値が「古すぎる」可能性を指摘している。しかし、この数値は今でもよく研究用の文献やニュースなどで定説として紹介されているようだ。 一方、考古学・化石記録において、イヌが人間と暮らしていたと考えられる直接の証拠 ── 例えば共に埋葬されているようなケース ── はわずか1万5,000年前頃(ヨーロッパなど)までさかのぼる必要がある。遺伝子と化石記録におけるその差は、実に10万年以上に及び、この年代におけるギャップ(違い)は、イエイヌの進化を探る上で、非常に重要で無視できない。 最初のイエイヌとされる個体(及び群)は、はたしてどのような姿をしていたのだろうか? 具体的にどこで起こったのだろうか? はたして犬の家畜化は、その進化上、何回起きたのだろうか?(一度だけなのか、複数回別々に繰り返し起こったのだろか?)2016年の研究によると、ヨーロッパと東アジアでそれぞれ、トータルで2回起こったとするデータが報告されている(Frantz等2016)が、はたしてこれが真実なのだろうか?(何人かこの研究結果に異を唱える研究者もいるようだ。) Frantz, L. A. F., V. E. Mullin, et al. (2016). "Genomic and archaeological evidence suggests a dual origin of domestic dogs." Science 352(6290): 1228-1231. イエイヌの進化における科学的問いかけに答えるには、より正確な地質年代上のスケール ── 平たくいうと「ものさし」 ── が、(後述するように)何よりカギとなると私はにらんでいる。 具体的な家畜化の起源における仮説は、大きく分けると二つの異なるストーリーによるようだ。 先ず、太古の人類が初期の犬(オオカミの一個体かグループ)を、うまいこと「手なずけた」ことによって全てがはじまった可能性だ。ヒトと共に暮らすと「いろいろ利点があるぞ」と説得することに成功したわけだ。しかし、具体的にどのような手法を用いたのかはまるで謎だ。そして現生のオオカミやキツネなどの個体は(一部の例外を除いて)、成長して一定の年齢にさしかかると、今のところ犬のように、ヒトになつかせることはほとんど不可能だ。(どうして犬だけがその一生を通してヒトに忠実で愛嬌をふりまき続けることができるのだろうか?) 余談だが、初期のイヌを初めて手なずけた人類のグループ(それとも一個人だろうか?)は、かなりの知能の持ち合わせていたはずだ。犬の行動パターンや心理を性格に分析及び理解していなければ不可能、と私には映る。同じ手法を用いて、ジャッカルやコヨーテなど近縁のイヌ科のもの、またはクマやライオンなど(イヌも含め全て「ネコ目」に属する)を家畜化することが、なぜ出来ないのだろうか? 「ジャングルブック」に出てくるような大きなトラが、忠実な番犬や盲導犬の代わりをつとめてくれることは、まずないだろう。 もう一つ、別の家畜化の仮説として、イヌたちがたまたまヒトのもとへ、「自分たちから」近づき、共存する道を選んだ可能性が指摘されている。最近、世界各地の村落や集落などに生息する飼い主のいない半野生的な犬「village dogs」のデータがよく報告されている(Coppinger & Coppinger 2001)。ヒトの食べ残しやゴミ箱をあさることで食生活を支えている、こうした特定の飼い主をもたない犬の個体は、特に未開地や僻地にかなりいるとみられる。しかし、オオカミのように完全に野に帰ることはなく、時にヒトから直接おこぼれにあずかることもある。こうしたプロセスを通して運よく、ヒトに直接飼われ出す個体もいることだろう。「家畜化誕生の瞬間」を、こうしたシーンに我々は観ているのだろか? Coppinger, R., & L. Coppinger. 2001. Dogs: A New Understanding of Canine Origin, Behavior, and Evolution. University of Chicago Press, 352 pp.