じつは、多くの人が「生命のシステムは1種類」だけと思っている…「地球外生命」の存在をも左右しかねない「驚愕の生命観」
生命らしさが生まれた「がらくたワールド」
小林先生は原始地球上に存在したと考えられる雑多な有機物から成る「がらくたワールド」で非生命が徐々に生命らしさを獲得していった、という説を提唱しています。 小林:私が博士課程を修了し、米国のメリーランド大学化学進化研究所で博士研究員として生命の起源の研究を始めたのは、1982年。40年以上、「生命っぽい何か」を合成するため、様々な実験をしてきました。 当初は、タンパク質やRNA、アミノ酸など、生命に直接関係のある物質の合成実験が主でした。しかし、そういった実験をしていると、タンパク質やRNAに全く関係なさそうながらくたのような有機物が副生成物として多くできてしまうことが気になり始めました。 そしてそのがらくたのような有機物こそが、生命の起源なのではないか、と考えるようになったのです。これが、がらくたのような有機物、すなわち、がらくた分子から構成される「がらくたワールド」のスタート地点です。 がらくた分子は、どのようにして生成するのですか。 小林:原始地球の大気には一酸化炭素や窒素が含まれていた、と考えられています。 この2種類の物質の混合気体に宇宙線を模した陽子線を、加速器を用いて照射したところ、驚くほど多くの種類の有機物が得られました。その中には、アミノ基を複数有する比較的分子量の大きい有機物もありました。もし、これが、アミノ基だけがきれいに繋がっていたのであれば、それは洗練されたペプチドのような分子になります。 けれども実際に得られた分子は、炭素、窒素、酸素などが適当に結合した無骨なものでした。そんな分子でも、うまく使えばそれなりの働きをするのではないか、と考えたのです。 ※参考記事:なんと、原始の大気に陽子線をあてたら「がらくた分子」ができた…! じつは、これこそが「生命のはじまり」かも、という「驚きの仮説」
「がらくた分子」が生命を獲得していくストーリー
「がらくた分子に含まれるアミノ基が何らかの拍子につながるという偶発的な出来事が複数回起こり、ペプチドが生成した」というストーリーががらくたワールドの考え方なのでしょうか。 小林:がらくた分子からペプチドが生成した、と言うよりも、がらくた分子が機能を獲得していった結果、ペプチドができた、と言うほうが適切かもしれません。 獲得した機能の順番としては、まずは代謝のための触媒機能ではないかと、私は考えています。 もちろん、アミノ酸ができてペプチドができて、そのペプチドの中で特に優れたものが初めて触媒になった、と考える研究者もいます。 ただ、私は最初の触媒はペプチドでもRNAでなくてもいい、と思っています。そんな立派な分子ではなく、がらくたワールドの中にある雑多ながらくた分子のどれかが触媒機能を獲得し、洗練されていったのではないでしょうか。 光合成のメカニズムの発見によってノーベル化学賞を受賞したメルヴィン・カルヴィン氏は、1969年に上梓した本の中で「最初の触媒は鉄だったのではないか」と述べています。 鉄であれば、原始地球でも容易に入手できます。ただ、鉄だけでは触媒としての機能が弱いため、鉄の周囲に有機物が複数結合した錯体こそが、最初の触媒として使われたのではないか、というのがカルヴィン氏の考えです。 私自身は、鉄の錯体でも、鉄を含まないがらくた分子でも、最初の触媒になりうる、と考えています。いずれにせよ、はじめはがらくたであっても、そこから次第に洗練されていき、アミノ酸が結合したタンパク質ができたのではないでしょうか。 他の触媒と比較して、タンパク質の性能が良ければ、代謝のための触媒物質として地球上で主流になった、と考えることができるのです。 (聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター) ◇ ◇ ◇ ここまで読んで、「生命と非生命のあいだ」をスペクトラムと考えると、地球外生命は以外に簡単に見つかるのではないかという印象を受けたかもしれない。 しかし、問題はまだまだ山積している。実は、地球生命が用いているアミノ酸は、宇宙に存在しているアミノ酸と比較して、少し「特別」なのだ。地球生命のアミノ酸の何が特別なのか、なぜ、地球生命はそのようなアミノ酸を用いるようになったのか。インタビュー後半では、引き続き小林氏に語っていただいた。 生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか
小林 憲正