10月1日からノーベル賞発表 日本人の受賞は? 日本科学未来館が予想
【化学賞】10月3日(水)18時45分~(日本時間)
■細胞内のシグナル伝達に関わる新しい脂質の発見 ルイス・カントレー(Lewis C. Cantley)博士 ■DNAオリガミ技術を利用したDNAナノテクノロジー分野の創成 ネイドリアン・シーマン(Nadrian C. Seeman)博士/ポール・ロザムンド(Paul W. K. Rothemund)博士 ■DNAの塩基配列を高速で読む次世代シーケンサーの開発 ジョナサン・ロスバーグ(Jonathan M. Rothberg)博士 細胞、DNA、DNAと生物学用語が並んだので、まるで生理学・医学賞のように見えてしまうかもしれないが、化学賞だ。 1つ目で取り上げている「リン脂質」は、細胞では外と内を仕切る膜(細胞膜や核膜、ミトコンドリアの膜など)の主成分として不可欠な物質だ。とはいえ、遺伝子で情報が直接書き込まれている物質は「タンパク質」であることもあって、遺伝子やタンパク質に比べると生命科学の分野では脂質は注目度が高いとはあまりいえない。しかし、カントレー博士は細胞に含まれるリン脂質のうち0.025%しかないごくわずかなタイプが、重要な機能の一翼を担っていることを明らかにした。 細胞が、例えば外からの「ホルモンを出して」という働きに応じて実際にホルモンを作り始めるまでの、シグナル伝達に関わっていたのだ。博士はさらに、リン脂質をこのタイプにするための酵素も発見している。この酵素は、近年、がん治療につながると注目されている。 2つ目の「DNAナノテクノロジー」は“化学者の視点”が分かって興味深い。言うまでもなく、DNAは私たちの体をつくる遺伝情報が書き込まれている物質だ。しばしば“生き物の設計図”などとも呼ばれている。生物学者はDNAを遺伝物質として見ているが、化学者の視点からすると、ユニークな特徴を備えた分子となる。 設計図の例えを使えば、生物学者は「これは何の設計図だろう」といった視点で見るのに対し、化学者は「この紙で何か作れないか」と見る。DNAは基本単位が縦に共有結合で連なった紐状の分子だが、さらに基本単位が向かい合わせになるように水素結合でペアを作り、全体としてはハシゴのように2本が横木を介してつながる。このとき、ペアとなる基本単位は相手が決まっている。この特徴をうまく使うと、DNAは特定の相手とだけ結合する“糊のついた素材”として、さまざまな形の構造物をつくれるだろう。名前を挙げたシーマン、ロザムンドの2氏は、この分野の先駆者だ。 新しい研究ツールの登場で、その分野ががらりと変わることは科学の世界では珍しくない。そして、そうした研究ツールの開発者にノーベル賞が贈られることも過去に幾度もあった。緑に輝く蛍光タンパク質で細胞内の特定のタンパク質だけを標識する技術は、2008年に下村脩博士が受賞者の一人となったことで、覚えている人も多いだろう。近年、よく耳にするゲノム編集技術やオプトジェネティクス(光遺伝学)もノーベル賞の有力候補で、未来館でも2015年と2017年に受賞予想に挙げている。 今回の予想に挙げた「次世代シーケンサー」も研究世界を変えたツールの1つで、遺伝情報であるDNAの塩基配列を高速に解析していく自動マシンだ。自動解析装置は以前にもあったが、桁違いにスピードアップし、コストも劇的に下がった。量的な進歩が、質的な違いをもたらした好例の1つで、次世代シーケンサーの登場で「遺伝情報が読めるようになれば可能になること」が理論上ではなく、本当に実現しつつある。生理学・医学賞であげた腸内細菌叢を丸ごと解析する方法も、次世代シーケンサーがなければ登場しなかっただろう。がん治療で、その人のがんに合わせた抗がん剤を選ぶオーダーメイド医療も、次世代シーケンサーの登場があってこそ可能になる。 次世代シーケンサーの恩恵を享受しているのは主に生命科学の分野だが、この装置を可能にした要素技術は化学的な工夫だ。要素技術は大きく2つあり、塩基配列を読むための技術と読む試料を増幅して増やす技術で、その源流を探るとどちらもノーベル化学賞を受賞したサンガー法とPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)に行き着く。次世代シーケンサーに使われている技術は、必ずしも直接の改良版とは言えないかもしれないが、分子を扱う化学的な操作であることにはかわりない。なので、未来館でも化学賞として取り上げることにした。