カミングアウトは自分が生きやすくなるため──女性を「取り戻した」、あるフィットネスコーチの物語 #性のギモン
10代になり、女性として生きていきたい気持ちがあることに気づいたが、誰かに打ち明けるところまでは踏み切れなかった。 一方で、幼い頃から陸上競技に打ち込み、若くして指導者を志し、ドイツ、アメリカでコーチングについて学び、ライセンスを取得。2013年に28歳で来日し、日本で指導者を目指した。 「来日後の数年間はあと戻りできる状態ではなかったし、コーチとしての仕事を得るために、‟女性として生きたい”という思いは封印していました。少し余裕が出てきてからは、ストレス解消のために、たまにお化粧して、ヒールにスカートを履いたりはしていましたが、あくまで周りの目を気にしながらの話です」 少しずつコーチとしての経験を重ねながら、陸上十種競技で2度のオリンピック出場経験のある右代啓祐選手(2015-16年)やパラリンピアン、駅伝の実業団チームなどをサポートし、20年から現職。Y.S.C.C.横浜のコーチとして選手のパフォーマンス維持向上を促す役目を担っている。 コーチとしての自信を深めるなかで、当初は封印していた自分の本当の気持ちを表現したい思いも強くなってきた。
「薄かったメイクは段々と濃くしていって、もうちょいイケる、もうちょいイケるって(笑)。最初はコソコソしながら仕事が終わったら途中で着替えて、メイクして帰っていくという感じでした。ただ、今後ホルモン治療などをすれば、体の変化も出るだろうし、ずっと隠し通すのは無理。なら堂々と言うしかないかなって」
男として生きてきたことを全否定する気はない
公表後の周囲の反応は思いのほか好意的で、クラブの代表や監督、スタッフ、選手たちが変に気を使うことなく受け入れてくれたことには感謝しかないという。 「名前は『珠奈』と呼んでくれますが、普通に男扱い。ヘッドコーチには、よく『オマエ』って言われます(笑)。けど、それが逆に気楽というか。私はもう、人前で裸にはならないし着替えもしないですけど、選手は私がいても素っ裸になって着替えもする。もちろん、みんなに女子扱いされたいという思いはありますが、それを全員に強要するのは少し違う気がして。もちろん、トランスジェンダーの方のなかにはそうしたことを嫌がる人もいると思いますが、私は現実に去年まで男として生きてきたわけで、そのことを全否定する気持ちはありません。私がどうなろうとも当たり前に仕事を評価してもらい、普通に接してもらえていることが何よりうれしいっていうか救われた気がします」