日本の性教育はなぜ遅れているのかーー高校生に「人間と性」を教えた元保健体育教員が語る、盛り上がりとバッシング #性のギモン
日本の「性教育元年」は1992年といわれる。学習指導要領に性に関することが取り入れられたからだ。なのになぜ「遅れている」といわれるのか。日本の性教育の第一人者、村瀬幸浩さん(80)は「性を学ぶまで、妻の体に何が起きているのかわからなかった」と自身の体験を話す。高校生や大学生に性を教えると、みんな熱心に授業を聞いたという。一方で、講演会を妨害されるなどのバッシングにもあってきた。日本の性教育の歩みを聞いた。(取材・文:鈴木紗耶香/撮影:伊藤菜々子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
性を教える教員を養成する課程がない
80歳の村瀬さんは忙しい毎日を送っている。この7月にも立教池袋中学校・高等学校(東京都豊島区)の招きに応じて、「なぜ性教育が必要か」を教職員向けに講演した。 村瀬さんは2020年に共著『おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方』を出版した。現在までに23万部を発行するベストセラーとなっている。 ――なぜこれほどヒットしたと思われますか。 「この数年で、私の本のほかにも、性教育の本が相次いで刊行されました。ニーズが高まっていることは明らかなのに、学校教育がまともに応えられていないことが(ヒットの)背景にあると思います。一生懸命やっていらっしゃる先生がたはいっぱいいますよ。だけど、教育行政に対して権力を持っている人たちの中に男性中心の家族・社会を変えたくない一握りの人がいて、男女平等につながる性教育を進めたくないと思っているのははっきりしていますから。ひところの激しいバッシングは山を越しましたが、『自分の学校で積極的に(性教育を)やろう』という管理職はなかなかいません。現場の先生がたはなんとか抵抗しながら、目立たないように取り組んでいるというのが実際ですね」
「もともと日本には性を学ぶとか性を教えるという伝統がありません。だから、教員を養成する課程もないんです。保健科や養護の教員がかろうじて少し学びますが、ほかの教科の先生たちは性について学んだ経験も教える術(すべ)も持ちません。一方、ヨーロッパなんかを見ると、自然科学系の教科で性を教える国がたくさんあります。もっとも進んでいるといえるオランダでは生物や理科で人間の生殖を扱っていて、性への関心や避妊などもしっかり取り上げています」 ――日本でも理科で習うことになっているのでは。 「人間に関する記述はきわめて限られていますし、性交や避妊は扱われません。人間の性にはさまざまな側面があります。私は、生殖の性、快楽・共生の性、支配の性と言っていますが、日本の学校教育はこれらのうち、生殖の性だけを是としています。結婚している男女による、子どもを産み育てるためのセックスが『正しい』ものである。だから、児童・生徒は性交の主体ではない。こういう考え方なんです。しかしそれは、まったく現実的ではないですよね」 「一方、特別の教科になった道徳には、性に関するテーマがけっこう入っています。つまり、日本の性教育は科学に依拠していないんです。しつけやモラルといったかたちをとる。セックスしてはいけないとか、10代で妊娠するのは悪いことといった、禁止や抑圧のメッセージが入り込んでくる」