マングースはハブと闘わない 有害外来生物をつくり出した学者の責任
ところが、その後の調査で、マングースが実はハブ退治の役には立っていないことが分かってきました。80年代に入って研究者たちがマングースの胃内容物や糞を分析した結果、ハブを食べている個体はほとんどおらず、代わりに沖縄ではオキナワキノボリトカゲやヤンバルクイナ、奄美ではアマミトゲネズミやアマミノクロウサギ、ケナガネズミなどの島固有の希少種が犠牲となっていることが明らかとなったのです。 実はマングースは、昼間しか行動しない昼行性の動物であり、そして、ハブは夜しか動かない夜行性の動物であり、もともとこの2種の動物が野外で出会うチャンスは極めて低かったのです。さらに、マングースは雑食性の動物であり、別にヘビを専門に食べる動物ではありません。ハブみたいに危険な動物を餌にしなくとも、もっと楽に食べられるものがあれば、当然、そちらから食べ始めます。で、沖縄や奄美大島でマングースの餌としてその目に留まったのが、よちよちと地面を無防備に歩いているヤンバルクイナやアマミノクロウサギたちだったのです。
密度低下してからが、外来生物防除の正念場
マングースによる在来の生物に対する被害実態が明らかになって、マングースのステータスは、「期待の星」から「有害な外来生物」に転落することとなります。環境省は2000年から沖縄島および奄美大島においてマングースの駆除事業を展開し、これまでに2万匹近いマングースが捕獲されてきました。捕獲に際しては、マングース・バスターズという専門の集団が組織され、定期的に島内の森林内に分け入り、罠をしかけるという地道な作業が繰り返されました。 捕獲努力の甲斐あって、マングースの密度は大きく低下しました。しかし、密度低下に伴って罠にかかる確率も低下してしまい、マングースの捕獲事業は極めてコスト対効果が悪いものとなりました。これは生物学的には当たり前の現象であり、密度が低下してからが外来生物防除の正念場といえます。 実際に12年当時の民主党政権による事業仕分けにおいて、マングース防除事業も仕分け対象となり、1匹当たりの捕獲に係る経費が高すぎるとして「抜本的見直し」が言い渡され、危うく事業が止められかけたこともありました。この結果には事業関係者一同が慌てました。もし、防除の手を一時的にでも止めれば、低密度に抑えていたマングース個体群が一気に回復して、これまでの苦労が水泡と化してしまうことになります。幸い、この仕分けの結果には研究者のみならず、一般の人たちからも「生物の理屈・常識を理解しなさすぎ」との批判が多数寄せられ、事業の停止は回避されました。 紆余曲折を経ながらも、マングースの防除事業は今日まで継続しており、昨年(2015年)夏には、部分的ではありますが沖縄本島の北部でマングース集団の根絶が成功して、ヤンバルクイナの個体数回復も確認されました。ここまでたどり着くのにかかった予算は年間およそ3億円。そしてこれからも島全体からマングースを完全に排除できる日まで、これだけの(あるいはそれ以上の)巨額の予算が投下し続けられることになります。たった1種の外来種を導入したがために、多くの在来生物の命と、多額の国税という大きな代償が支払われることになったのです。