マングースはハブと闘わない 有害外来生物をつくり出した学者の責任
最先端の知識がのちに大きな過ちとなった一例
それにしても、動物学の権威ともあろう東京大学の教授が、どうしてマングースのリスクを先読みできなかったのか、はなはだ疑問に感じられます。渡瀬博士は、他にもアメリカザリガニやウシガエルといった北米原産の外来動物の導入も積極的に進めたとされます。その目的は「食用」であり、これもまた国民生活を考えてのことだったのでした。しかし、アメリカザリガニもウシガエルも今や日本全国の内水面に蔓延る「侵略的外来生物」として、環境省の駆除対象となっています。 ちなみに渡瀬博士は、生物地理学という生物の地理的分布と分類に係る研究分野の専門家であり、天然記念物保護法制定にも大きく貢献された見識ある一流の研究者でもありました。しかし、渡瀬博士が生きた時代は幕末から昭和4年。まさに日本が富国強兵を唱え、あらゆる学問が国力増強に貢献することが求められていた時代であり、当時の生物学・動物学の世界では「外来生物」は利用すべき資材とみなされ、生態リスクという概念も知見もなかったと思われます。恐らく渡瀬博士も、その動物学的見地に基づき、マングースもウシガエルもアメリカザリガニもきっと日本で増えることができて、役に立つに違いない、と分析して、実験的にこれらの外来動物を輸入したものと推測されます。 どんな研究分野でもあてはまることですが、かつて最先端と思えた知識や技術が、後になって、大きな過ちであったことや、欠落があったことが明らかとなることはよくあることであり、そうした失敗や過ちを繰り返しながら、科学と研究が進歩してきたことも事実です。しかし、一度起こった失敗は二度と繰り返されるべきではなく、マングースの失敗から我々は外来生物管理の難しさ、生態リスクの予測不能性、そして生物学・生態学の「未熟さ」を十分に学び、これからの人間社会に活かしていく必要があります。 【連載】終わりなき外来種の侵入との闘い(国立研究開発法人国立環境研究所・侵入生物研究チーム 五箇公一)