ゆとり先生の教育提言(1) 「ゆとり教育の指導者第1世代」の挑戦
詰め込み教育からの転換が議論された末に、授業時間の削減などいわゆる「ゆとり教育」が導入されたのは2002年のこと。詰め込み型の教育が浸透していた学校現場では、教育方法の路線変更に戸惑う教員が少なからずいたといいます。2000年に岡山県の私立高校教員となり、「真のゆとり教育」の実践を数多く試みた教育者がいました。野村泰介さん(42) です。偏差値を上げる教育とは一線を画す教育をいまも模索し続ける野村さんに、教員になってからの経験や実践を紹介してもらいます。
「先生のようなものをやっています」
みなさん、はじめまして。野村泰介と申します。岡山で、主に高校生世代の自主性を重んじた教育支援を行う一般社団法人SGSGを経営しながら、大学の特任講師、高校の非常勤講師などしています。その他、塾の経営や、教育関連のコンサルタントのような仕事も請け負っており、岡山という一地方都市を拠点に教育関連で「複業」しながら生きています。この働き方、初対面の人にはなかなか説明し辛く、面倒なので「「先生のようなもの」やってます」と答えています。 さて、こんな私も、4年前までは「先生のようなもの」ではなく「先生」でした。私立高校の教諭という「正規教職員」の世界で生きてきました。普通に授業をし、普通に担任をし、部活動の顧問で土日無く出勤し……という世界に飛び込んだのがちょうど20年前の2000年。思えばあっという間の20年間だったなと感じています。今回は私の教職20年の積み重ねを、この20年の教育を取り巻く状況をリンクさせながら振り返ってみようと思います。
私が生まれたのは1977年。「詰め込み教育を見直さなければいけない」と言われ始めた1980年代半ば~1990年代半ばに小中高校生時代を送ります。そして大学に入学し、教職課程の講義で学んだことは「これからはゆとり教育の時代」「ゆとり教育こそ21世紀の教育を救う」という無邪気な「ゆとり礼賛」ムードでした。 このような教員養成教育を受けた学生が「ゆとり教育」本格実施の頃、フレッシュな先生として全国の教壇(だん)に立ち、新しい時代の教育をリードする――。そう、私の世代が21世紀のゆとり教育を担う「ゆとり教育指導第1世代」教師になるはずでした。ところがそうはいきませんでした。なぜでしょうか。