裁判手続きをせずに書き込みを削除できる仕組みが必要――弁護士が語る“ネット上の誹謗中傷”の現状と課題
裁判手続きをせずに、迅速かつ低コストで書き込みを削除できる仕組みが必要
――宮下さんは、ヘイトスピーチやオンラインハラスメントに対して、今後どのような法律や仕組みが必要だと考えますか。 宮下萌: まず、日本には包括的な差別禁止法、とりわけ人種差別に関して禁止する法律が全くありません。なので、そこから作る必要があると考えています。加えて、ヘイトスピーチの投稿に対して、プロバイダがどれくらいきちんと削除しているか報告をしてもらい、透明性を高めることが大事です。海外では、すでにドイツの法律がプロバイダにそのような報告書を提出させる仕組みになっていて、日本でもやはり必要なことだと考えます。 また、裁判は時間もお金もかかってしまい、一般の方には踏み込みにくい現状があるので、なるべく裁判手続きを使わないでネットの誹謗中傷に対応できるシステムにできないかと考えています。そのためには、独立した第三者機関を設置することが有効です。ヘイトや差別的な投稿があった場合に、基本的にはプロバイダに削除していただきたいですが、それが削除対象なのか迷うような場合も当然出てきます。その場合に判断を委ねられるような第三者機関を設置し、そこの判断が助けになる仕組みを検討しています。第三者機関の判断に一任するというよりは、尊重するような仕組みにして、裁判手続きをせずに迅速かつ低コストで書き込みを削除できる、実効性のある仕組みを作れる法律が必要ではないかなと思っています。
表現の自由を盾に、誰かの声を奪うことは「民主主義」とは言えない
――改めてSNSを使用するときに、私たちはどういう点に注意すべきだと思いますか。 宮下萌: ネット上で書いていると、どうしてもヒートアップしてしまうことがあると思うので、投稿する前に一度立ち止まるというのはやっぱり重要なことだと思っていて。本当に3秒とかでいいので「ちょっとこれはまずいのではないか」と考える時間をつくっていただきたいです。 また、誤ってフェイクニュースをシェアしてしまわないように「この情報を拡散させていいのか」「この情報は真実なのか」と元のソースをしっかり確認する作業も必要です。 民主主義において表現の自由はもちろん大切ですが、「誰かを攻撃しても罪を問われない自由」や「特定の多数派の人だけがものを言いやすい自由」になってはいけない。その場合、誰の声が奪われて、誰の声が過剰に大きくなっているのか、誰の表現の自由なのかということをいつも感じていただきたいです。そこを見ずにして、表現の自由は語れないだろうと思っています。 ----- 宮下萌(みやした もえ) 弁護士。専門はインターネットのヘイトスピーチ。国際人権NGO「反差別国際運動(IMADR)」特別研究員。弁護士と研究者らでつくる「ネットと人権法研究会」のメンバー。主な著作に「保護法益から再考するヘイトスピーチ規制法―人間の尊厳を手掛かりに」早稲田大学大学院法務研究科『臨床法学研究会 Law&Practice』第13号(2019年)、『テクノロジーと差別 ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(編著、解放出版社)など。 文:田中いつき (この動画記事は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」とYahoo! JAPANが共同で制作しました)