「ノーベル賞」のその後(3完)生活を更新し続ける「化学反応」 スマホ画面や薬、未来の製品にも
今年もノーベル賞の季節が近づいてきました。10月7日の「生理学・医学賞」を皮切りに、8日に「物理学賞」、9日に「化学賞」と発表が続きます。 【図】「ノーベル賞」のその後(2)X線、ニュートリノ、重力波……見えない宇宙を見つめる“目”を開く ノーベル賞の発表時はニュースなどで話題になるものの、「何かすごい賞」というイメージで、結局どんな意味がある研究だったのか分かりにくく感じている人が少なくないかもしれません。ですが、ノーベル賞は「人類に貢献した研究」に与えられるもので、私たちの生活に結びついている研究がたくさんあります。 今回は3回にわたり、過去にノーベル賞を受賞した研究がその後、どんなふうに私たちの世界を変えたのか、振り返ってみたいと思います。最終回の第3回は化学賞です。日本人2氏らが受賞した2010年の化学賞に注目して見てみましょう。キーワードは「触媒」「化学反応」「有機合成」です。
化学反応とは「モノづくり」である
「化学」と聞くと、学校の授業で習う化学反応や、その中に出てくる分子の構造式などを思い浮かべるでしょうか。かくいう筆者も、化学の授業には苦労したタイプ。化学反応と言われてもなかなか身近なものとは思えない……そんな気持ちもよく分かります。ですが、実は私たちの身の回りのさまざまなモノをつくり出しているのは、化学反応です。 プラスチックや化学繊維のような素材から薬のようなものまで、化学反応を利用して人がつくり出したモノはたくさんあります。今、この記事を読んでいるスマホやパソコンの画面に使われる「有機EL」も紛れもなく化学反応の産物です。化学反応とは、モノづくりそのものといえるかもしれません。 中でもモノづくりに重要な化学反応の一つが「クロスカップリング反応」です。この研究は2010年に3人の研究者にノーベル化学賞をもたらしました。「パラジウム」という金属を活用した研究で実績を上げたリチャード・ヘック博士、根岸英一博士、鈴木章博士が受賞者です。
つくれるモノの幅広げた「クロスカップリング反応」
クロスカップリング反応とは、一体何でしょうか。なぜノーベル賞を受賞するほど高く評価された研究成果だったのでしょうか。一言でいえば、異なる2つの有機化合物の分子を「炭素」と「炭素」で結ぶ反応だったからです。 「有機化合物」や「分子」に「炭素」と聞くと難しそうに聞こえるかもしれません。単純に表現してしまえば、分子はある特定の形や性質を持った最小の単位で、多くの物質は分子の集合体です。それぞれの分子は、いくつかの種類のパーツが組み合わされてできており、そのパーツ、その形であるからこその性質を持っています。そして、分子をつくるのに欠かせない構成要素が炭素です。私たちが工業製品などを通して使っているプラスチックも、医薬品も、身の回りのほとんどのモノは、炭素を含む分子です。炭素やそれ以外の構成要素が集まってできたこれらの分子のことを「有機化合物」、それらを人工的につくり出すことを「有機合成」といいます。 有機化合物の炭素同士を思い通りにつなげられることは、有機合成という“モノづくり”にさらなる可能性をもたらし、いろいろなモノをもっと生み出せることにつながるといえます。ですが、実はこれが非常に難しいのです。だからこそ過去にも、炭素と炭素を上手に結びつける化学反応のうちのいくつかにはノーベル化学賞が贈られてきました。そしてクロスカップリング反応は、それまでの方法では上手くくっつけることのできなかった別々のモノを、簡単に結びつけることを可能にした優れた手法だったのです。