「妊婦の旅行はダメ」という医者は大問題…医師・岩田健太郎「科学的根拠が弱い健康中心主義の残念さ」
■移動に伴う健康問題を扱う渡航医学 ときに、読者諸兄は「トラベル・メディスン」、あるいは「渡航医学」という言葉を聞いたことがあるだろうか。 私は感染症専門医であるが、同時にトラベル・メディスンの専門家でもある。この領域の「バイブル」といえるジェイ・キーストンの『キーストンのトラベル・メディシン』(2014)など、複数の専門書を訳出したこともある。トラベル・メディスンは、植民地をたくさん持っていた欧州諸国や、移民の多いカナダなどで発展してきた。 「トラベル」=旅行とは限らない。それは「赴任」だったり「留学」だったり、「移住」だったり、あるいは「亡命や避難」だったりする。奴隷貿易時代の奴隷の強制移住も一種の「トラベル」だ。 そういうとき、海外の感染症を当地に持ち込まれたり、あるいは渡航先で感染症に罹患(りかん)するリスクがある。これを防ぐために、適切な隔離政策や、ワクチン接種などが行われてきた。海外には、日本に存在しない感染症が多々存在している。その中には、予防接種で予防可能だったり、予防薬を飲むことで感染、発症を防ぐことが可能なものもある。前者であれば狂犬病や黄熱病、後者であればマラリアなどが代表例だ。 このように、人の移動に伴う健康問題を取り扱うために、トラベル・メディスンは発達してきた。その多くは感染症だったため、感染症の専門家がトラベル・メディスンも担当することは多い。 ■トラベル・メディスンの専門家の役割 ただし、感染症だけが「トラベル」に伴う問題なのではない。 例えば、ジェット・ラグ(いわゆる時差ボケ)、乗り物酔いなども守備範囲だ。日本より治安が良い国はまれなので、渡航時の犯罪や暴力(性暴力含む)、テロリズム、戦争なども対応、準備が必要なこともある。現地での活動次第では高山病の予防や治療、潜水病の予防や治療、紫外線の強い場所なら紫外線防御なども守備範囲だ。 安全に飛行機に乗れない人もいる。酸素投与が必要な呼吸器疾患がある場合は酸素ボンベを積み込むが、何時間の飛行でいくつのボンベが必要かは、呼吸器内科専門医でも知らない人が多いだろう。 われわれは呼吸器疾患の非専門家だから、どのくらいの酸素が当該患者に必要かを見積もるのは、呼吸器内科専門医だ。そこから、機上での酸素の減少度合いを確認し、酸素ボンベの使用方法を確認するのがトラベル・メディスンの専門家なのだ。