「日本は女性医薬の審査がなかなか通らない」 なぜ経口中絶薬は日本で35年も遅れたのか #性のギモン
承認後もまだ乗り越えるべき壁がある
結局のところ、ウルマン博士が経営するイギリスのラインファーマ本社が、日本の製薬企業2社に依頼する形で開発が始まったのが2014年。その段階では、日本における中絶件数は20万件を割っていた。薬剤の対象人数が十数万人で1回の使用で終わる。ということは、頭痛薬のように繰り返し使う薬とは異なり、平たく言えば「もうけにならない」。製薬企業の関係者は「対象疾患数が少ない希少疾病用医薬品とそれほど変わらない規模感だ」と話す。
日本の治験の厳格さも立ちはだかった。非臨床試験(動物実験や試験管内試験)に加えて、ヒトを対象にして行う臨床試験も含めれば12種類の試験を求められた。マリオン氏は「そのほとんどの試験は、海外では一切要求されなかった」という。 最終的には、2020年にラインファーマが日本法人を設立する形で12種類の試験をやり遂げ、2023年4月の承認にこぎつけた。日本法人の北村幹弥社長は、最終段階の試験(第3相試験)は「少なくとも最初の段階の第1相試験の10倍のコストはかかっている」と打ち明ける。ウルマン博士が日本での導入を検討してから10年余。第1相試験開始からは8年の歳月を費やしたことになる。 北村氏は、困難を引き受けてでもこの薬を日本で出したかったと語る。 「日本の女性医薬の後進性をどうにか変えていかなければという思いでした。私は別の製薬企業の開発責任者としてスウェーデンにいた経験があるのですが、現地では私の上司も女性。日本の女性は、ジェンダーギャップ指数もさることながら、世界の女性医薬からも取り残されていると危機感を覚えていました。今回の日本での開発も頓挫しかけたことがあり、『ここで諦めたら、もう二度とこの薬剤は日本に入ってこないだろう』と思い、なんとかゴールまで持ち込みました」
だが、北村氏は声のトーンを低くし、こう訴える。 「まだこの薬には、世界標準とは異なる使用方法、使用条件がついています。日本の女性にとっても世界標準となるには、乗り越えるべき壁があるのです」 北村氏が問題だと訴える「使用方法、使用条件」は、薬へのアクセスと薬価の問題に結びつく。7月23日時点で薬を扱う医療機関は34カ所。中絶手術を行う指定医師のいる施設は全国に4176カ所はある(2019年)が、その1%にも満たない。「自分たちの知らないところで話し合われていた」とマリオン氏が不信感を抱いている点だ。 この薬は製薬会社だけでは成立しない。もう一つ重要な存在がある。患者に面する産婦人科医の意向が大きかった。(第2回に続く) 古川雅子(ふるかわ・まさこ) ジャーナリスト。栃木県出身。上智大学文学部卒業。「いのち」に向き合う人々をテーマとし、病や障がいの当事者、医療・介護の従事者、イノベーターたちの姿を追う。「AERA」の人物ルポ「現代の肖像」に執筆多数。著書に『「気づき」のがん患者学』(NHK出版新書)など。 --- 「#性のギモン」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人間関係やからだの悩みなど、さまざまな視点から「性」について、そして性教育について取り上げます。子どもから大人まで関わる性のこと、一緒に考えてみませんか。