「日本は女性医薬の審査がなかなか通らない」 なぜ経口中絶薬は日本で35年も遅れたのか #性のギモン
日本が先駆けていた上述の薬は、単独の中絶薬としては世界の関心から外れていく。1988年に経口薬の「ミフェプリストン」がフランスで承認され、広がっていったからだ。この薬は妊娠のごく初期までに使うものだった。 中絶問題に長く取り組んできた研究者の塚原久美氏は、世界でも日本でも女性たちが求めてきたのは自分一人で「中絶できる」薬だったと話す。 「妊娠初期に経口薬を飲めば、自然流産と変わらない形で妊娠を終わらせられます。痛みは個人差が大きいですが、たいていの人は耐えられる程度だと言っています。ところが、日本の女性たちはこの選択肢が持てなかった。日本にはこれまでこの薬が導入されなかったからです」
産婦人科医向けの会報誌「メディカルファイル」(日本家族計画協会編)のバックナンバーを確認すると、1986年と1987年には、日本で開催された国際シンポジウムで初期経口中絶薬が取り上げられていた。2000年には国会で参考人がこの薬の認可を求める陳述もあった。 その陳述とは、参議院の共生社会に関する調査会に参考人として招聘された津田塾大学の金城清子教授(当時)によるものだ。最近米国でも認可されたとして、こう述べている。 <中絶ということで医療的な、外科的な手術を受けなければいけないというのは女性にとって大変負担ですし、健康にも経済的にも大きな負担になります。そういう意味で、お薬を飲めば中絶できるんだというお薬があるわけですので、そういうものについても認可していく必要があるのではないかというふうに考えております> 日本以外のG7の国々でこの薬の承認が完了した2000年に至っても、日本では表立って製薬企業が動き出した形跡はなかった。
個人輸入が増加。需要はあっても認可は下りず
2004年9月、地方紙の見出しにこんな文字が躍った。 「『のむ中絶薬』問題に/国内未承認、ネットで入手/厚労省が被害調査」 その他、子宮外妊娠による出血などいくつかの事例が報じられた。インターネットが広がるなかで、個人がネット経由で情報収集し、海外から購入する人たちが増えていたのだ。 これに警告を発したのが厚労省だった。2004年10月に行政文書で通達を出した。しかも、「原則として、医師の処方に基づくことが地方厚生局で確認できた場合に限って」と個人輸入の制限も付いた。