コウモリの赤血球で新発見、宇宙旅行の「コールドスリープ」実現に活かせる可能性
「人間を冬眠状態に導くパズルの一片」と研究者、NASAは2030年代に人類を火星に送る計画
寒冷な状況になるとコウモリの赤血球の細胞に劇的な変化が起こり、そのおかげで冬眠を乗り切れているかもしれないことが明らかになった。冬眠中に体温が低い状態になっても、血液の循環はしっかり保つ必要がある。赤血球の変化はそれに影響するが、温度が下がると何が起こるのか、これまで細胞レベルではほとんどわかっていなかった。 ギャラリー:蘇生を願い、人体を冷凍保存する人々 写真16点 「人間を冬眠状態に導くという夢が、われわれの原動力です」。学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に2024年10月14日付けで発表された論文の共著者であるドイツ、グライフスバルト大学の動物学者ゲラルト・ケルト氏はそう述べる。 次なる大きな一歩として、NASAは2030年代までに宇宙飛行士を火星に送ろうと計画している。21カ月にわたる宇宙の旅には独特の課題が存在する。そのひとつが、人々の健康をいかに維持するかだ。しかし、かつては不可能と思われていた冬眠という解決策が今、にわかに注目を集めつつある。 「今回得られた興味深い結果をもとに、今後はより深い理解を目指したいと考えています」とケルト氏は言う。
赤血球細胞のスーパーパワー
科学者らは、グライフスバルト大学の研究室付近の森で、野生のユーラシアコヤマコウモリ(Nyctalus noctula)を35匹捕獲した。大規模なコロニーを作って冬眠をする種だ。研究室で血液を採取した後、コウモリは森に戻された。 研究チームはまた、動物の疾患を研究するフリードリヒ・レフラー研究所で飼育されているエジプトルーセットオオコウモリ(Rousettus aegyptiacus)からも血液を採取した。最後に彼らは、血液バンクから人間の血液を入手した。 これら3つの種から研究者が集めた赤血球は、合計50万個以上にのぼった。 人間とコウモリの細胞の比較には、外部から加えられる力で細胞を引き伸ばしたり、圧縮したりしたときの様子を分析できる特殊なコンピュータソフトウェアが用いられた。「わたしの知る限り、人間とコウモリの赤血球をここまで詳細に比較した研究は初めてです」と、ケルト氏は言う。 ヨーロッパ、アジア、北アフリカに広く生息するユーラシアコヤマコウモリは、冬の間は冬眠し、マイナス7℃という低温でも生き延びられる。 研究チームは、3種の赤血球が37℃(ヒトおよびコウモリ2種の深部体温に相当)、23℃(室温)、10℃(ユーラシアコヤマコウモリの冬眠中の体温)という3つの異なる温度に対してどのように反応するかを観察した。 温度が低くなるにつれ、コウモリと人間の赤血球はどちらも粘性(粘り気)と弾性(変形後に元に戻ろうとする性質)が増したが、コウモリの赤血球のみ、弾性に対して粘性が大きく増加した。温度が下がるほど、コウモリの赤血球は弾性に比べて粘性の割合が大きくなった。一方、人間の赤血球では、粘性と弾性の比率は変化しなかった。 コウモリの赤血球のこうした特徴が冬眠に大きな利点をもたらしているのではないかと、研究者らは考えている。低気温下において粘り気が増し、肺の毛細血管や筋肉により長い時間留まって、酸素の取り込みと全身への供給が促されているのかもしれない。 エジプトルーセットオオコウモリについては、もうそれを利用して冬眠することはなくとも、祖先から受け継いだ適応をいまだに維持しているのだろうと、ケルト氏は述べている。