アメリカ企業のCEOは、なぜ破格の年俸をもらっても周囲から妬まれないのか?
デジタル技術やAIの台頭など、変化が激しく不確実性の高い時代において、今、多くの企業で「パーパス経営」が注目されている。こうした「同じ経営理念やパーパスを信じる人たちが共に行動する」という理想的な民間企業の姿は、見方によっては「宗教」にも通底する部分があると言えるのではないか。本連載では『宗教を学べば経営がわかる』(池上彰・入山章栄著/文春新書)から、内容の一部を抜粋・再編集。世界の宗教事情に詳しいジャーナリスト・池上彰氏と、経営学者・入山章栄氏が、宗教の視点からビジネスや経営の在り方を考える。 第5回は、徹底した個人主義と契約社会によって成り立つアメリカで、宗教的規範がビジネスパーソンの行動原理にどのような影響を与えているのかを見ていく。 ■ 成功者は神に祝福されている 池上 アメリカという国は、イギリスで英国国教会に弾圧されたピューリタンが海を渡ってきたところから始まりました。 ここでイギリスのキリスト教会の歴史の流れを簡単に振り返りましょう。英国国教会は国王ヘンリー8世が離婚したいために始めた宗教といわれています。ヘンリー8世は王妃との間に男子が生まれないことに焦り、王妃の侍女を愛人にしようとしたんです。 すると、侍女からは正式な結婚を求められました。王妃とは離婚しなければなりませんが、カトリックでは離婚が認められていないので、国王はローマ教皇に承認を求めたところ、教皇は離婚に反対し、国王を破門してしまった。 そこでヘンリー8世は1534年に「イギリス(イングランド)の教会の首長はイギリス(イングランド)国王である」と宣言して議会にも認めさせ、カトリックから独立した英国国教会が発足しました。彼は、自分の方針に反対した側近を処刑し、さらにカトリックからの独立に反対するイングランドのカトリック教会や修道院を自分のものにして、莫大な富を手にしました。 英国国教会は教義の違いによる独立ではなかったので、宗教儀式もカトリックの色彩を強く残し、君主制や身分制を重んじていました。これに対して、イギリスの庶民たちは、カルヴァン派の影響を受けて不満を募らせていたのです。 こうした熱心な信仰心を持つ信者を、エリザベス一世が「ピュア(純粋)な人たち」と皮肉ったことから、彼らはピューリタン(清教徒)と呼ばれるようになった。カルヴァン派の影響を受けたピューリタンの思想をベースに、アメリカでは個人主義的な国民性が形成されていったわけですよね。 入山 池上さんに薦めていただいた橋爪大三郎さんの著書によると、カルヴァン派では、一人ひとりが神の前に立って直接向き合うことになる1 。大切なのは神との関係だけなので、周りの人間のことはどうでもよくなる。これが個人主義に帰結するわけですね。そして、神以外の他の者は誰も信用できないから、人間不信になっていく。だから、あのように法律によってがんじがらめで縛るような形で他人と関わる、いわゆる「契約社会」が出来上がっていく。 池上 カルヴァン派の予定説では、誰が救われて誰が救われないか、あらかじめ決まっています。ということは、家族や友人も含め、自分の周りの人も救われない可能性があります。そうなると、救われない人間、つまり救済に値しないような人間のことを、心の底からは信頼できないという話になってくる。 1『世界は宗教で動いてる』光文社未来ライブラリー(2022)